「クルサ・ドッグ」 水野律子(みずのりつこ)     舘越望美(たてこしのぞみ)    三つ子ちゃん(みつごちゃん)   元結幸吉(もとどりこうきち)   本郷山さん(ほんごうやまさん)  山田すみれ             プロローグ・現在。    三つ子ちゃんの長女らら子。登場 三つ子  わたしが水野さんに初めて会ったのは、つい一週間前のことです。それま で、妹たちから噂はきいてましたから、すぐ、「ああ、この人が水野さんなんだな」 ってわかりました。  パジャマをきてボーっとしている水野律子。なんとなくげっそりしている。白い 背景。病院のようにも見える。同じくパジャマを着た舘越望美が登場。手にはコップ を持っている。こちらもげっそりした感じ。黙って水を水野に渡す。受け取る水野。 しかし口には運ばず、ぼんやりとコップを見つめる。 舘越 飲まないの? 水野 ...ん? 舘越 水、あんたが飲みたいって言ったから持って来たのに。 水野 うん。ありがとう。(水を口に含む、が、すぐ出す)だあああ。 舘越 ちょっと!汚いなあ。 水野 ごめん。 舘越 なにやってんの!? 水野 怖い… 舘越 何が。 水野 これ水道水?ミネラルウォーター? 舘越 水道水。 水野 生水はいやあああ!! 舘越 ああ、ごめん。  見兼ねて入ってくる三つ子ちゃん。手には菓子折りを持っている。 三つ子 あの… 舘越 あ。 水野 怖いい!! 三つ子 すみませんでした。 舘越 いいのいいの、気にしないで。 三つ子 でも… 舘越 三つ子ちゃんのせいじゃないでしょ。ちょっと、水野! 水野 そうだけど…。 舘越 食中毒なんてよくある話じゃん。それに、たまたまその店で三つ子ちゃんがバ イトしてただけでさ。 三つ子 そうですよね。 舘越 ......。 三つ子 あ、これ店長からです。「本当にすみませんでした」って。 舘越 あ、どうも…。 三つ子 水野さんも、本当にすみませんでした。 水野 (おそるおそる受け取る)…なまもの? 三つ子 さあ、おせんべいか何かじゃないですか? 舘越 ごめんね、この人、あれから神経質になっちゃってんの。 三つ子 じゃあもうレバ刺しとか絶対食べられないですね。 舘越 ああ…、まあ、当分はあたしもいいかなあ。 三つ子 お寿司とか、魚介類… 水野 うえっ 三つ子 生野菜、冷たいミルク 水野 うう… 三つ子 アイスクリーム… 舘越 三つ子ちゃん、やめたげて。 水野 こわいようこわいよう。 三つ子 あ、すみません。 舘越 全く、久しぶりに会ってご飯食べたら、これだもん。せっかく3年ぶりの…( 三つ子ちゃんが包みを見ている視線に気付く)これ? 三つ子 開けないんですか? 舘越 開けるけど…、まあ、後で。 三つ子 もらったものはその場で開けるのが礼儀っていいますよ。 舘越 そりゃ欧米なんかではね。 三つ子 開けないんですか? 舘越 ...いいけど。(がさがさ包みを開ける)何これ。 三つ子 何ですか? 舘越 除菌セット。自分が除菌しろよって話でしょ!? 三つ子 そうですねえ。何だ。除菌セットか。 舘越 何を期待してたの? 三つ子 箱、上げ底になってません?札束とかこっそり入れてあるかも知れませんよ。 舘越 こっそり入れる意味はないよね。 三つ子 賄賂はこっそり渡すものでしょ? 舘越 賄賂!?時代劇じゃないんだからさ。 三つ子 じゃ、口止め料。 舘越 ああ、まあ、確かに…。でももうニュースにも出て営業停止になってるんでし ょ? 三つ子 ええ。無いですか? 舘越 一応見てみるけどさ… 三つ子 冗談ですよ。 舘越 ......。 三つ子 あれ?水野さん、どこ行っちゃったんでしょう?  いつの間にか消えている水野。 舘越 え、嘘、いない!? 三つ子 さっきまでそこで怯えてたのに。 舘越 水野!水野!!  舘越、血相を変えて水野を探しに退場。  ひとり残される三つ子ちゃん。 三つ子 最初に水野さんたちと知り合ったのはわたしの妹、るる子です。十年前、わ たしたちはまだ中学生でした。(退場) 一、十年前    本郷山登場。 本郷山 わたしは大学生だった。学内の劇団に入ってて、映画研究部の水野と知り合 ったんだよね。映画に出てくれないかって言われて。  舘越登場。 舘越 あ、本郷山さん、水野見なかった? 本郷山 ねえ、撮影いつ始まるの? 舘越 え?ああ、ごめんね遅れてて。あの、今、水野見付けたらきいてみるから。で、 水野 どこいったか知らない? 本郷山 困るんだよね、あたしこれのために次の公演キャンセルしちゃったんだからさ。 舘越 うん、ごめん。 本郷山 少なくとも、それ補えるくらいの映画にしてもらわないと。きいてるよ、水 野さん。大変みたいだね。大丈夫なの? 舘越 大丈夫だよ。水野、何だかんだ言っても、最終的にはきちんとやるやつだから。 本郷山 そう言えば、本ってできたんだっけ? 舘越 8割くらいなんだけど…、もらってない? 本郷山 ないなあ。 舘越 ああ、そうなんだごめん…あの、本郷山さん、今ちょっと…本、すぐわたすか ら…水野を… 本郷山 ああ、水野さん見付けたらさ、あたしの友だちの妹が映画に興味あって、話 きいてみたいって言ってるって伝えてくれる? 舘越 え?…うん。  呆然としている舘越を取り残して本郷山退場。  いつの間にか登場している水野。途中から今の二人の会話をきいていた。 水野 本郷山さんねえ。 舘越 水野!どこにいたんだよもう。 水野 ずっとここにいたんだよもう。話きいてたの。 舘越 じゃ、隠れてないで、出てきてよ。 水野 ていうか、面白いくらい人の話きかないね、あの人。 舘越 ああ、だから話すと疲れるのかな。 水野 あんたもいちいち律儀に返すし。 舘越 だってこっちは頼んでる側なわけだし、立場的にさ…。 水野 ま、噂にはきいてたけど、大変そうだね。 舘越 あんたに言われたくないと思うよ。…本出来たの? 水野 まだ。 舘越 頼むから早くしてよ。本郷山さんには8割出来てるって言っちゃったんだから。 水野 びっくりした。意外と見栄っ張りだよね。 舘越 今どのくらい? 水野 9割。 舘越 嘘!! 水野 頭の中では。紙の上では2割。 舘越 うそおお!! 水野 やっぱさあ、別な人頼もうか。 舘越 ええ? 水野 本郷山さん、何かイメージ違ってきちゃったな。さっき、あの人何か言ってた じゃない、友だちの妹がどうとかって。 舘越 ああ、映画に興味があるって… 水野 会ってみようかな。  三つ子ちゃんの三女るる子登場。 三つ子 るる子です。 舘越 あ、どうも初めまして。舘越です。 三つ子 監督さんですか? 舘越 あたしは助監督兼カメラ。監督はこっち。 水野 水野です。…何年生? 三つ子 中学一年です。 舘越 十三歳!? 水野 へええ。 三つ子 二人しかいないんですか? 水野 うん。そう。 舘越 まあ、映画研究部って言っても、もともとただ映画を見るだけの部だったから ね、自分たちで映画を撮りたいって言ったら、皆めんどくさいって逃げちゃったの。 三つ子 誰が出るんですか? 水野 あ、それはね、演劇部の人とかに頼むの。 本郷山 本郷山です。 舘越 劇団トラブル・カフェ・ガーデンの本郷山さんです。 水野 略してT.C.G.の本郷山さん。 三つ子 BCGみたいですね。 本郷山 そうなの。(同意) 三つ子 るる子です。十三歳です。 本郷山 そうなの。(感嘆) 三つ子 この人が女優さんですか? 水野 うん。そう。でね、今役者さんが足りなくて探してるんだけど、るる子ちゃん も出てみない? 三つ子 あ、いいですよ。 水野 え、ほんと!? 本郷山 ねえ、本できたの? 舘越 あ、そ、それは… 水野 まだです。 本郷山 ちょっと… 水野 でも大丈夫です。すぐ撮影始めますから。できたとこから撮っていきましょう。 本郷山 そういうもの? 舘越 そ、そういうものです。映画はお芝居と違って編集がききますから。ねっ(水 野に) 水野 あ、そうだよねえ。 本郷山 そうなの。じゃあ、いつから? 水野 えーと… 舘越 明日からで! 本郷山 わかった。じゃあ、明日ね。(退場) 水野 明日?まだ絵コンテできてないよ。 舘越 明日撮る分だけでも仕上げてきて。 水野 ええー。 三つ子 あの、じゃあ、あたしも明日からですか? 舘越 急でごめんね。大丈夫?無理なら、都合のいい日を教えてくれれば… 三つ子 あ、大丈夫です。 舘越 ああ!親御さんにも同意をもらわないと。 三つ子 大丈夫ですよ。お姉ちゃんのお友達なんでしょ? 舘越 いや、まあ…。 水野 ねえ、考えてみればロケハンやってないよね。 舘越 本できてないから。 水野 衣裳とかも決まってないよ。どうすんの? 舘越 こっちのセリフだよ。どうすんの?明日までなんて! 水野 あんたが言ったんじゃん! 舘越 わかってるからそんなの! 水野 何怒ってるの?のんちゃん。 舘越 のんちゃん!?やめて気持ち悪い。 水野 望美ちゃーん。 舘越 それ全然可愛くないから。 三つ子 あのう、もう帰ってもいいですか? 舘越 あ、ごめんね。一応連絡先教えてくれる?(メモに電話番号など書いてもらう) 決まったらすぐ連絡するから。 三つ子 明日は? 舘越 ...三日くらい待って。 三つ子 わかりました。それじゃ、お邪魔しました。 水野 いいえ。じゃあねー。 三つ子 撮影楽しみにしてまーす。 舘越 ごめんね、気を付けて帰ってね。 三つ子 はーい。(退場)  しばし、るる子を見送る二人。 水野 いい感じだね、るる子ちゃん。かわいいし。 舘越 13歳か…。大丈夫だよね。問題にならないよね。 水野 平気なんじゃない?誰かの妹なんでしょ? 舘越 本郷山さんの友だちらしいけど…。あー、本郷山さんに連絡しないと。 水野 ま、明日は無理だよねえ。 舘越 ......。 水野 いや、ほんとに頭の中では9割方できてるんだよ。だけどあたし文にするのが 苦手だからさ。 舘越 じゃあ、大体でいいから説明してよ。 水野 口で説明すると舘越いっつも何か怒るじゃん。 舘越 今日は怒んないから。 水野 ほんとに?じゃあね、えーと、主人公の名前はトト美。これがるる子ちゃんね。 で、相手役の名前は恵子。こっちを本郷山さんにやってもらおうと思うんだけど… (口パクで続ける) 舘越 (モノローグ)あたしと水野律子は中学のころからの腐れ縁だった。だから水 野の性格、好み、行動なんかは大体理解してたと思う。それでも水野の話す映画のプ ロットは、いつもめちゃくちゃで理解不能だった。 水野 (プロットを説明している)ここで、そのごま団子売りの少女トト美が、北海 道でタクシー運転手をやってる恵子にラーメンを奢るの。でもほら、所詮はごま団子 売りだから、奢るっていってもせいぜい塩ラーメン程度なわけよ。せっかく北海道な のに塩ラーメンなわけよ。せめてトッピングに大盛りコーンくらいつけてあげてもっ て話でしょ。 舘越 ...こんな風に、たいていよくわかんなかった。(水野に)ごめん、やっぱ意味 わかんない。 水野 ...テーマは独占欲! 舘越 わかんない!ごま団子と独占欲がどう結びつくのかさっぱりわからない!! 水野 怒んないって言ったのに… 舘越 そんな顔したってダメ。あたし今のを二人に説明する自信ないからね。ちゃん と本つくって、絵コンテ仕上げてよ。 水野 わかった…。(退場)  舘越のモノローグの後ろで、撮影準備が始まる。脚本を持った本郷山、るる子。 カメラをチェックする水野。 舘越 (モノローグ)三日後、とりあえず撮影開始。結局、本も絵コンテもその時撮 影する分だけ。後からどんどん書き足されてくる。 水野 (三つ子に演技指導している)そう、ごま団子!ごまを付けて、丸める…丸め る…はい、そこで投げる!(本郷山に)しかし恵子、思わず叩き落とす!おちたごま 団子をしばらく見つめて…おもむろに拾う、そして頬張る!少女に笑顔を向ける…、 (三つ子に)少女も笑う。はい!今の感じで。 本郷山・三つ子 はい! 舘越 (モノローグ)現場でも相変わらず意味わかんないんだけど、とりあえず、言 われた通り撮るしかなかった。(カメラを覗き込む) 本郷山 (セリフ)明日にでも、この峠を越えましょう。そしたら、ラベンダー畑が きっと、黄色いハンカチよ。 三つ子 (セリフ)ラベンダーなのに? 本郷山 (セリフ)ラベンダーなのに、よ。 水野 OK!お疲れさま!二人とも素敵だった!! 三つ子 ほんとですか? 本郷山 ありがと。 舘越 ほんとにお疲れ様でした!二人ともありがとね。ごめんね。ごめんね。  挨拶して帰って行く本郷山と三つ子。(しかし、演技エリアから離れるのみ。適 当な椅子に座る) 舘越 (モノローグ)その後これを、水野が一人で編集。  水野、編集室への扉に消える。 舘越 最後まであたしには意味わかんなかった。全て水野の頭の中で展開して完結し てた。 三つ子 でもあたし、面白かったですよ。ごま団子いっぱい丸めて、投げて。 本郷山 んー、あたしは正直あんまり憶えてないんだよね。完パケも観てないんじゃ ないかな。 舘越 観たじゃん!みんなで試写会やったじゃん。そんで文句いっぱい言ってたじゃ ん!でも最後感動して泣いてたじゃん! 本郷山 タイトル、なんだったっけ? 舘越 「パンダギツネ」 三つ子 そうそう、「パンダギツネ」!マスコットもつくりましたよね、パンダギツ ネ。面白かったー。 舘越 そう。確かに面白かった。自分達が撮ったとは思えないくらいに。現場ではあ れだけ意味不明でも、編集されたものをみるとちゃんと、ああ、これがやりたかった んだなってわかった。 本郷山 (思い出そうとしている)「パンダギツネ」… 舘越 あれが水野の3作目の映画だった。前の1、2作目も実は、アマチュアの映画 の中では、そこそこの評価を受けてた。そしてこの「パンダギツネ」で、アマチュア 映画の登竜門と言われる映画賞のグランプリを受賞。これで水野は、プロの監督とし てのデビューの道が開け、「パンダギツネ」だって、下手したらメジャーの作品とし てリメイクされてたかもしれない。 三つ子 ほんとですか!?じゃ、あたしの役、誰だろう。 舘越 安達祐実あたり? 三つ子 すごーい!! 本郷山 あたしは? 舘越 (無視)結局そうならなかったのは、受賞直後、水野が失踪したから。大学を 中退までして水野は、あたしたちの前から煙のようにいなくなった。 二、七年前(一から三年後)  山田すみれ登場。帰り仕度をしたOLという感じ。パンが大量に入ったカゴを抱え 込んで登場。全て廃棄品のパンである。 すみれ 律子さんとは職場で知り合いました。職場というのは、大手パン屋「グリム 」の登りガ丘壺屋敷店で、わたしが入社2年目のとき。律子さんがうちの店に現れる ようになると店内では、律子さんについての憶測が飛び交いました。昔映画監督だっ たとか、インドで修行してた人だとか、他にもいろいろ。これも噂ですが、ある日の 閉店間際、店の前に行き倒れていたところを内の店長が助けたんだそうです。  水野、おずおずと現れる。ちょっと日に焼けた感じ。前より幾分粗野な身なりを している。   すみれ あ、律子さん。 水野 (無言で会釈) すみれ これ(大量のパン)、ですよね。どうぞ。  さっきより深々とおじぎをする水野。すみれ、パンのカゴを恐々とわたす。 すみれ (モノローグ)こんな風に、最初のうち律子さんは、うちの店でこっそり世 話している野良猫のような状態でした。  カゴの中のパンを一つ一つ匂いをかいだり、ちょっとずつ味見したりする水野。   すみれ ...どうですか? 水野 これが、おいしそうですね。 すみれ わかりますか?それ、うちの店でも売れ筋なんですよ。 水野 あと、これも。 すみれ あ、それもそこそこ。 水野 これは…、ダメかな…。 すみれ ダメですか? 水野 新商品? すみれ はい。製造部の自信作だったんですけど…。 水野 これも新商品でしょ? すみれ そうです。よくわかりますね。 水野 こっちは大丈夫。売れます。 すみれ 本当ですか? 水野 多分。来週あたりから売り上げがのびます。 すみれ ...律子さん。 水野 ? すみれ 本職は占い師って本当ですか? 水野 占い師? すみれ 律子さんの売り上げ予想があんまりよく当たるから。 水野 いいえ。ただの無責任な勘です。だからあんまり信じないで。 すみれ はあ。 水野 それじゃ、どうも。またよろしくお願いします。  水野、パンを抱えて、すみれにおじぎしつつそそくさと退場。 すみれ (モノローグ)信じないでと言われても、律子さんの予想は尽く当たりまし た。そのうち、店全体が律子さんの予想に左右されるようになり、そのころには、律 子さんは、いつの間にか店員になって一緒に働いていました。  水野、店の制服を着て登場。 水野 すみれちゃーん。 すみれ はい。 水野 お昼一緒に食べない? すみれ はい。お弁当ですか? 水野 うん。すみれちゃんは? すみれ わたしもお弁当です。 水野 そっか。じゃ、休憩室で。 すみれ あの… 水野 ん? すみれ ......なんです。 水野 ん?ごめん聞こえなかった。 すみれ 名前で呼ばれたの初めてなんです。 水野 そうなんだ。あ、嫌? すみれ そんなことないです。新鮮です。嬉しいです。あの、りちゅこさんて呼んで いいですか? 水野 りちゅこ? すみれ (まっかになって後ろに大きく傾く) 水野 わああっ。(支える)大丈夫? すみれ ...すみません。貧血なんです。 水野 そうなんだ。 すみれ ありがとうございます。支えてもらえたのも初めてです。あたしいつも、前 触れなく倒れちゃうので、生傷が絶えなくて…。(傷をみせる) 水野 ほんとだ。大変だね。 すみれ 慣れてますから。もう大丈夫です。 水野 そう?気を付けなきゃね。 すみれ (モノローグ)これが、友情の始まりでした。  前触れなくドアが開く。三つ子ちゃんが立っている。二女のりり子である。 三つ子 りり子です。よろしくお願いします! 水野 る、る… すみれ 律子さん? 水野 るる子ちゃん!? 三つ子 りり子です! 水野 るる子! 三つ子 りり子! 水野 るる…、ええ!?るる子ちゃんでしょ? 三つ子 るる子は妹です。わたしはりり子です。 水野 え、双児? 三つ子 三つ子です。 すみれ・水野 そうなんだー。 三つ子 その話はやめにしましょう。 水野 えっ、何で?るる子ちゃん元気? 三つ子 元気です。もういいじゃないですか。 水野 えー、何で? 三つ子 ほっといて下さい、きょうだいのことは。 水野 ......。 すみれ それじゃ、三つ子ちゃんて呼んでいいですか? 三つ子 は? すみれ (うつむく) 水野 (咄嗟に支える) すみれ あ、大丈夫です。 三つ子 何ですか? すみれ 貧血なのです。 三つ子 そうじゃなくて、三つ子って。 すみれ きょうだいのことはきかれたくないみたいだったから、だったらいっそ、最 初っから名乗ってた方が、みんな「あーそうか、この人三つ子なんだ」ってわかって もらえて、かえって余計な詮索されないんじゃないかなって思ったのでござる。 三つ子 ござる? すみれ おおむね。(息が切れている) 水野 (じりじりと用意している)落ち着いて落ち着いて。 すみれ はい。(三つ子に)ど、どうですか? 三つ子 ...わかりました。 水野 あ、納得したんだ。 三つ子 おおむね。 すみれ よかった。よかったですね、りちゅこさん。 水野 何が?…あ、う、うん。 三つ子 (モノローグ)この時から、わたしたち三つ子は誰がどこに行っても、「三 つ子ちゃん」と呼ばれるようになったのでした。  安心してお昼ご飯を食べに行く水野とすみれ。  一人残るりり子。脇の椅子には舘越や本郷山が座っている。 三つ子 るる子が映画に出てから3年経ち、わたし達は高校生になっていました。た だでさえ自分にそっくりな他の二人がうざかったのに、るる子がアマチュア映画に出 たのが御近所で評判になってしまい、余計にうざくて、わたしりり子はプチ家出とか 繰り返すような子になっていました。 舘越 でも、バイトしてたんでしょ。真面目じゃん。 三つ子 遊ぶ金ほしさです。学校には内緒です。 本郷山 あたし多分、その店行ったなぁ。「グリム」でしょ。そんときちょうどロー カル番組のレポーターやってたから、地元のお店紹介コーナーみたいのの取材で。や たらとゲテモノのパンばっか出して有名になってたとこだよね。 舘越 そうなの!?じゃ、水野とも会ったんじゃないの!? 本郷山 どうだったかな。会ったような会ってないような。 三つ子 会ってましたよ。その時、りちゅこさんすごいあからさまな変装してて。そ れで返って変に目立ってて。 本郷山 そうだった?憶えてないんだよねー。三つ子ちゃんがいたのは憶えてるけど。 三つ子 気にも留めてない感じでしたね。確かに。  レポートが始まる。あやしげなパンを持って登場するすみれ。端っこに妙な変装 をしてオドオドしている水野。  舘越、三つ子ちゃんは横で見ている。昔のVTRをみている感じ。 本郷山 今日の「噂のパン屋さん」は、「グリム」登りガ丘壺屋敷店さんにお邪魔し てます。 舘越 いるじゃん!ほら、あそこ!ちゃんと映ってるよ! 三つ子 ね? 本郷山 こちらのお店は、月替わりで特集メニューがあるそうなんですが…。 すみれ はい。今月はイタリア特集です。 本郷山 どんな内容なんでしょうか? すみれ はい。例えばこちらは、黒糖イカスミパン。もう何の黒さだか分かんないっ て大好評でし。こちらはタベルナーラ・カルボナーラ、買っていただいた方には、そ の場で好きなだけコショウを追加いたしばす。 本郷山 わあ、わたしコショウ大好き!  すみれ、また貧血で倒れそうになる。すかさず後ろから支える水野。全然気にし てない本郷山。 すみれ そしてこれが、今月の目玉・パエリアンパンです。中に本格パエリアが入っ てて、はじっこはあんパンになっていまする。 本郷山 デザート付きみたいでお得ですね。 すみれ この他、8種類のイタリアン・メニューを御用意しておるもす。  後ろからパンを次々とわたす水野。全く気に留めない本郷山。 本郷山 どれも斬新なパンばかりですね。 すみれ そうなんです。これらは全て、一人の社員のアイディアから作られているの ぜす。 本郷山 たったお一人のアイディアなんですか? すみれ はい。 本郷山 それがこの方、水野さんですね? 水野 (声色)みずのです…。 舘越 紹介までしてるよ。 本郷山 どのパンもすてきなアイディアばかりですね。 水野 ありがとうございます。 本郷山 きくところによると、水野さんはこちらには入ったばかりとか。 水野 はい、入社して3ヵ月になります。 本郷山 以前はどちらに? 水野 インドの方をしばらく転々としてました。 本郷山 なるほど。インドの神秘が産んだこちらのメニューといったところでしょう か。 水野 はあ、まあ。 本郷山 素敵な御経験ですねー。さて、「グリム」登りガ丘壺屋敷店さんでは、今月 末までイタリア特集、来月はカンボジア特集を企画してるそうです。楽しみですね。 それでは、本郷山がお伝えしました。  レポート終わる。水野、すみれを取り残して、何ごともなかったように椅子にも どる本郷山。 本郷山 ほんとだー。会ってたんだねえ。 舘越 わざと? 本郷山 いやいやいや、ほんとに気付かなかったの。あたし、夢中になると目の前の ことしか見えなくなっちゃうから。 舘越 ていうか、目の前のも見えてないじゃん。 本郷山 舘越さん、この番組見てればよかったのに。 舘越 だってこれ夕方の奥様情報番組でしょ。あたしこの時間働いてたもん。見られ るわけないもん。 本郷山 じゃあ、しょうがないよね。 舘越 ......。 三つ子 そう言えば、水野さんこの後しばらく仕事休んだんですよ。原因不明の熱病 にかかったとかって。  急に苦しみ出し退場する水野。 三つ子 今思うと、ぜったいバレたと思ったんでしょうね。 すみれ 律子さんは変装のことも仮病のことも、訳を話してはくれませんでした。 で も、十日ほど休むと、人目をはばかるように仕事に出て来ました。  ひょっこり戻ってくる水野。 水野 すみれちゃん…。 すみれ りちゅこさん!仮病、もういいんですか? 水野 う、うん。 すみれ よかった。心配したんですよ。 水野 ...あのさ、あたしが休んでる間、誰かあたしのこと訪ねてこなかった? すみれ いいえ、誰も。新しいお客さんはたくさん増えましたけど。 水野 その中に、あたし位の年格好の女で、挙動不審な人とかいなかった? すみれ さあ、いなかったと思うんですけど。 水野 そう。なら、いいの。 すみれ あの、……か? 水野 え?何? すみれ 誰か、探してる人がいるんですか? 水野 え!?どうして!? すみれ ...何となく。TVの取材の時は、逆に、誰かに追われてるのかと思ったんです けど。 水野 ...自分でもどっちだかわかんなくなってきた。 すみれ りちゅこさん…。  通りかかる元結。 元結 後でわかったことですが、僕はこのころ、仕事でよくこの辺を通ってました。  そのまま退場する元結。 水野 誰!? すみれ ああ、最近よくみえるお客さんですよ。パエリアンパンがお好きで…。そん なことより、りちゅこさん!大変なんです。 水野 (倒れてないけど、もう肩をおさえながら)何? すみれ 社長賞ですよ!ここしばらくのテーマフェアの功績が認められて。 水野 え、何かもらえるの? すみれ 金一封とかじゃないですか?あと、原因不明の熱病の見舞金も出るそうです よ。 水野 ほんと!?  りり子が顔を出す。 三つ子 りちゅこさん。店長が呼んでますけど。 すみれ 多分その話ですよ。 水野 やった。電気代払える。 すみれ よかったですね。りちゅこさん! 水野 ありがと!お金もらえたら何か食べに行こうね。 三つ子 あ、三百円返してくださいね。 水野 わかってるー  嬉しそうに退場する水野。 すみれ りちゅこさんは、この日、店長から本社の製造開発部への転属の辞令をもら ったのだそうです。中途採用で、しかも入社3ヵ月で本社配属は異例中の異例ですが、 この異動を誰もが納得するほど、りちゅこさんの業績は目覚ましいものでした。  水野、別れの挨拶に出てくる。すみれ、三つ子(その他の人々)も舞台できく。 水野 ええと…、短い間でしたが、皆さん、本当にお世話になりました。まだ社員じ ゃなかったころから、ほんとに。ここ、登りガ丘壺屋敷店のことは、絶対にわすれま せん。わたしに、パンのおいしさ、楽しさ、奥深さを教えてくれました。この店で、 わたしはひとまわり以上大きくなれたと思っています。皆さん、ありがとうございま した。どうか、お元気で。  水野、すみれの所に来る。 すみれ りちゅこさん…。 水野 (ポケットから平べったいパンを出し、差し出す) すみれ 新製品?(ひとくち)すげー、血の味がする。 水野 名付けて鉄パン。(てっぱん) すみれ ああ、貧血だから。 水野 もう、支えてあげられないけど… すみれ そんなこと、いいんです。心配しないでください。 水野 製品化できるようにがんばるから。 すみれ はい。でもこれ、気持ち悪いです。 水野 すみれちゃん! すみれ りちゅこさん!  抱き合っておいおい泣く二人。 水野 それじゃ皆さん、さようなら!お世話になりました!  水野、手をふりつつ退場。  舘越、ふと顔をあげる。 舘越 そうだ。あたしがこの店に行ったときは、もう、水野はいなくなった後だった んだ。 本郷山 なんだ、舘越さんも行ったんだ。 舘越 るる子ちゃんが教えてくれたの。姉の職場に水野さんらしき人がいますよって。 りり子ちゃんがプチ家出中だったから、わかるのが遅れたらしいけど。  トレイとトングを持ち、店の中をキョロキョロしながらうろつく舘越。店の中で はすみれやりり子が忙しく立ち働いている。 舘越 あの、すみません。 すみれ はい。 舘越 こちらで、水野律子が働いてるってきいたんですけど… すみれ !(ぐらつく。が、ふんばる) 舘越 だ、大丈夫ですか!? すみれ 大丈夫れす。り、りちゅこさんのお知り合いですか? 舘越 りちゅこ? すみれ こ、こ、ここでは、そう呼ばれていたのでる。 舘越 そうなんですか。学生時代の友人なんです。 すみれ ......。 舘越 ...あれちょっと待って。「呼ばれていた」? すみれ りちゅこさんは、この間本社に転勤になったんでず。 舘越 転勤…? すみれ はい。 舘越 じゃ、もうここにはいないんだ。 すみれ はい。すみません…。 舘越 いや、別に謝らなくても。 すみれ はい…。 舘越 ええと…。わかりました。すみませんでした。お邪魔しました。 すみれ あ…。  そそくさと出て行く舘越。(同時に本郷山、脇から退場) 三つ子 誰だったんですか?今の。 すみれ りちゅこさんの、お友達。 三つ子 ふうん。(退場)  舘越、脇に出て来て、適当な椅子に座る。 すみれ (モノローグ)あの人が、りちゅこさんが前に言ってた人なのかなって思っ たわたしは、その日のうちに、本社のりちゅこさんと連絡を取ろうと試みました。そ こでりちゅこさんが、転勤してすぐ、会社を辞めていたことがわかったのです。  すみれ退場。 舘越 (モノローグ)あの時、水野に会えなかったことは、返って、ホッとした。確 かに、あの時、急にいなくなった訳をちゃんとききたかったけど、何て言うか…。と にかくまだあたしは、水野に会う準備ができてなかったんだと思う。  三、四年前(二から三年後、一から六年後)  舘越、前のモノローグから続ける。 舘越 それから、水野のことは考えないようにしてしばらく過ぎた。あたしは事務員 の仕事をやりつつ、アマチュアで映画を撮り続け、本郷山さんは地方局のレポーター から、イベント会社だかに移り、何か、やっているらしい。それからあのあと、「グ リム」によく行くようになったので、りり子ちゃんとも知り合いになった。街でたま に声をかけられるけど、それがりり子ちゃんなのか、るる子ちゃんなのか、大抵わか らない。  舞台に元結幸吉登場。路上で色紙を並べ、メッセージを売り始める。どれも、ど こか勘違いした内容。 元結 そのころ、僕は、路上でメッセージを売ってました。どうしてそんなことをし てたかというと、勤めていた会社がでかい会社に吸収合併された折、人員削減にひっ かかっちゃいまして。しばらくは失業保険とかでなんとかやりつつ再就職先を探して たんですが、ある時急にやんなっちゃって。路上でアクセサリーやら、似顔絵売った り、占いとかしてる人たちみて、何か、いいなーって思って。  水野登場。肉体労働者っぽい格好。首に巻いたタオルで汗をぬぐいつつ元結の前 を通りかかる。ちょっと興味を引かれ、色紙を覗き込む。 元結 ......。 水野 ...これ、どういう意味ですか? 元結 え?どれ? 水野 これ。『大丈夫。君の人生再起動。コマンド+シフト+パワーキー』この、『 コマンド+シフト…』って。 元結 あ、それはね、エラーが起こってどうしようもなくなったとき、パソコンを無 理矢理再起動させるやり方。 水野 あ、そうなんだ。 元結 mac使ってる人じゃないとわかんないか。 水野 あたし、パソコン自体やんないんで…。 元結 ああ、じゃ、しょうがないよね…。  水野、なにかの気配を感じ、咄嗟に物陰に隠れる。 元結 あ、あれ? 水野 しーっ  三つ子ちゃん登場。りり子である。しゃがんでじーっと色紙を見る。 元結 ......。 三つ子 『気を付けて、お水がだしっぱなしだよ。早く閉めなきゃ、泪の蛇口』 元結 気に入った? 三つ子 ...ぷっ(吹き出す) 元結 ......。 三つ子 『リスの目は黒い、鯨のヒゲは長い。君だって…』君だって、何? 元結 いや、あの… 三つ子 『とんでもない出来事は、君のところへはきっとこない』(首をひねる) 元結 うん、そうだよね、それは微妙だなって俺も思ってた。 三つ子 『コウモリは鳥じゃない、タラバガニはカニじゃない。君だって…』君だっ て!? 元結 あ、あのこれあげるからもう向こう行ってくれない?(アメ玉か何か渡す)  りり子、アメ玉を受け取る。と、カバンをごそごそ探って、もうちょっと立派な お菓子を取り出し元結に差し出す。 三つ子 もっと頭良くならなきゃね。 元結 どうも…。  りり子、退場。水野、出てくる。 元結 ...知り合い? 水野 ええ、まあ。あの、悪い子じゃないんですよ。 元結 いいよ。気にしてないから。 水野 ごめんなさい。 元結 いいってば。大体あなたがあやまることじゃないし。 水野 はあ…。 元結 わかってるんだ。全然才能ないの俺。これみんな売れないもん。 水野 そんなことない!いいのもありますよ。例えば…これなんか。 元結 どれ? 水野 『ハミガキのチューブ絞り切ったら、怒りも焦りもふっとんだ』すっごくわか る。あたし何かイライラするとよくチューブもの絞っちゃうから。 元結 ほんとに!?俺もそうなの。 水野 あとこれ『消しゴム噛み砕いた夜、数学の問題、一つだけ解けた』あたし、学 生の頃、テストでわかんない問題あると、よく消しゴム齧ってた。 元結 まじで!?俺もそう!! 水野 ね?才能ありますよ! 元結 (ちょっと考えて)いや、それはどうだろう。 水野 どうして。 元結 だってさ… 水野 あたし自分がこれだけ共感する詩に出会ったの初めてなの。他にもいますよ絶 対、あなたの詩に共感する人。 元結 俺も、けっこうこれやって長いけど、君ぐらいだよ?これだけ共感してくれた人。 水野 それはおかしい。単に運が悪かっただけですよ。もっと多くの人の目に触れれ ば…。(考える) 元結 そりゃまあ、確かに… 水野 もっと目立たなきゃダメですよ。そうだなあ、色が足りないな。 元結 色? 水野 全体的に、何て言うか…。ほら、326みたいに。 元結 ああ、絵を入れたりね。でも俺、絵苦手だから。 水野 じゃ、あたしが描いてあげます。あ、それより立体にしたらどうだろう。 元結 ええ? 水野 何かカラフルな工作つけましょう。大丈夫、あたしが作ってあげるから。 元結 そんな、悪いよ… 水野 ああ、いいからいいから。後は、そうだなあ、字かな。 元結 わかってるよ貧相なのは。 水野 いっそ左手で書いちゃえ。ほら、なんとかって詩人もそんなような字で書いて るじゃないですか。 元結 相田みつをとか。 水野 そうそう、そんな人。どうですか? 元結 どうですかって… 水野 絶対もっと売れますよ!がんばりましょう。(手を差し出す) 元結 う、うん(迫力に気押されて握る) 水野 そうだ、名前まだ言ってませんでしたね。あたし、水野です。水野律子。 元結 あ、どうも。元結幸吉です。 水野 よろしくお願いします。あたし、明日も仕事があがるの、今くらいの時間なん ですけど、元結さんは? 元結 あ、俺も多分この辺にいると思う。 水野 わかりました。とりあえず、これとこれ(さっきのハミガキと消しゴムの色紙) いただきます。いくらですか? 元結 一枚500円だけど、二枚500円でいいよ。 水野 そんな、ダメです。ちゃんと払いますよ。 元結 ほんとにいいから。 水野 ...そうですか?じゃあ。(払う) 元結 ありがとうございます。 水野 それじゃ、また明日。 元結 うん…。  嬉しそうに立ち去る水野。見送る元結。 元結 (モノローグ)どう受け取っていいかわからない親切でした。初対面の人にあ れだけ盛り上がられても。いや、本当に才能のある人はこんなこともあるのかもしれ ないけど、僕はよくわかってますから。いいかげん他の仕事見つけようとも思ってた し…。でも彼女のアンパンマンみたいなけなげさを信じて、一応次の日も同じ場所で 店を開いてみることにました。  振り返ると、水野が既にいる。昨日の色紙を加工したものを持っている。 水野 こんばんは。 元結 ど、どうも。ええと…。 水野 水野です。水野律子。 元結 うん、憶えてる、水野さん。早かったね。 水野 仕事、がんばって早めにあがったんです。 元結 そうなんだ。…その手に持ってる、カラフルなものは? 水野 気付きました?昨日の色紙をあたしなりに加工してみたんです。 元結 え、あれから? 水野 今24時間やってる文房具屋さんがあるんですね。結構大きくて楽しくなっちゃ って。その後帰って作ったからもう、徹夜ですよ。試しに今日これ、他のと一緒に置 いてみていいですか? 元結 いいけど、水野さんが買ったものだし。 水野 じゃあ、あたしが売るってことで。場所、貸して下さい。 元結 (モノローグ)困りました。彼女は本気みたいです。いや、別に困ることもな いのかもしれないけど、正直に言うと、彼女の寝不足で赤くなった目が座ってて、怖 かったんです。  しばらく無言で客を待つ二人。人は通り過ぎていったり、たまに目をとめる人も いるが、売れはしない。だんだんとうつらうつらしてくる水野。 元結 水野さん、水野さん。 水野 はい。寝てません。大丈夫です。 元結 無理しないで。寝てたよ。確実に。 水野 だいじょぶだいじょぶ…  動かなくなる水野。三つ子ちゃん現る。るる子である。何故か昨日のりり子と同 じ服を着ている。りり子だと思い、身構える元結。ふと思い出して、さりげなく水野 に上着をかけて隠す。 元結 い、いらっしゃい。 三つ子 『気を付けて、お水がだしっぱなしだよ。早く閉めなきゃ、泪の蛇口』…ふ うん。 元結 昨日もそれ読んでたよね。 三つ子 え? 元結 いいんだけど。 三つ子 『リスの目は黒い、鯨のヒゲは長い。君だって…』あたしだって…。(何か 一人で納得している) 元結 バカにしてる?ひょっとして。 三つ子 (水野の色紙に目をとめる)あー!! 水野 (目を覚まして上着をのける)だいじょぶです。起きてます。 元結 あ、ちょっと!(上着をかけ直す) 三つ子 かわいいですね、これ。 元結 え、それ? 水野 何ですか?お客さんですか?(上着をとる。三つ子と目が合う)あ…。 三つ子 あー!何してんですか、水野さん! 水野 三つ子ちゃん… 三つ子 るる子です。 水野 あ、うん。えーと… 三つ子 元気でした?今何してるんですか? 水野 け、建築関係の仕事をね…。 三つ子 すごーい。かっこいいですね!あれ?これは? 水野 ああ、これは… 元結 その色紙、水野さんのだから。 三つ子 そうなんですか?すごーい! 水野 何言ってるんですか、メッセージは元結さんのなんだから、元結さんの商品で すよ! 三つ子 そうなんですか。 元結 昨日よりは頭良くみえた? 三つ子 ? 水野 元結さん、違うんです。昨日の子はこの子の三つ子の姉で… 元結 え、三つ子!? 三つ子 姉たちが来たんですか? 水野 多分、りり子ちゃんだと思うんだけど。 三つ子 あいつ昨日この服勝手に着て出掛けたんですよ。あたしのなのに。 水野 そうなんだ。 元結 ほんとに!?だまされてない?水野さん。 水野 どうして。この子はるる子ちゃんですよ。ね。 三つ子 るる子です。あ、あたしこれ(水野の色紙)いただきます。 水野 ほんとに!?ありがとうございます! 三つ子 おいくらですか? 水野 ええと、(元結に)どうしましょう。600円くらい? 元結 材料費っていくらかかったの? 水野 ひとつ千円くらい。 元結 原価割れしてるよ。 三つ子 いいですよ、千円で。 水野 ダメだよ、これまだ試作品だし。じゃあ、600円! 三つ子 いいんですか?(払う) 水野 そのかわり、お友達に宣伝してね。 三つ子 わかりました。 水野 いつもこの辺だから。 三つ子 じゃあまた。(退場) 水野 またねー  三つ子を見送る水野。 水野 売れましたね。 元結 うん…。良かったの? 水野 何が? 元結 昨日は隠れてたから。 水野 ああ。そうなんですけど、売れましたし…、いいんです。 元結 いいんだ。 水野 いいんです。 元結 (モノローグ)彼女は、それ以上なにも言いませんでした。色紙は、その後一 枚も売れませんでした。  にこにこしつつ睡魔に襲われている水野とそれを眺める元結。  暗転  暗転開けて、パン屋の裏口。前のシーンから3年後の山田すみれが出てくる。や はり仕事帰り。廃棄品のパンの袋を抱えている。 すみれ りちゅこさんがいなくなってから、3年経っていました。わたしは登ガ丘壺 屋敷店から異動になり、その時は六衛門前店で働いていました。  水野が現れる。はっとするすみれ。 水野 すみれちゃん。 すみれ り、り、りちゅこさん! 水野 久しぶり。 すみれ あ。(自分の持っている袋に気付き、差し出す) 水野 違う違う。…あ、でも、もらっていい? すみれ どうぞ。 水野 ありがと。 すみれ お元気でしたか? 水野 うん。元気。すみれちゃんは? すみれ 大体一緒です。(傷を見せる) 水野 ああ… すみれ 「グリム」に戻って来てくれるんですか? 水野 いや、あの、…違うの。 すみれ りちゅこさん。 水野 あの時、せめてすみれちゃんには挨拶しようかとは思ったんだけど… すみれ 寂しかったです。 水野 ごめんね…。 すみれ どうしたんですか? 水野 あ、あのね、すみれちゃん、絵とか工作うまかったでしょ。 すみれ そんなことないですよう。 水野 お店のポップとか、社内報のイラストとか、かわいいの描いてたじゃない。 すみれ (照れる)まあ、好きですけど。 水野 でしょ?それでね、お願いがあるんだけど…  水野、カバンから沢山の色紙を取り出しすみれに渡す。元結のメッセージ色紙で ある。 すみれ 何ですか、これ。 水野 最近知り合いになった吟遊詩人の書いたものなんだけどね。 すみれ それ、何をする人なんですか? 水野 ほら、よく道でこういうの売ってる人いるじゃない。 すみれ ああいう人を吟遊詩人ていうんですか? 水野 あたしの中で、何となく。正式な吟遊詩人が具体的に何するかは知らないんだ けど。 すみれ 唄とか歌ってそうですけど、まあ、気持ちは分かります。 水野 それでね、…すみれちゃん、それ(色紙)見てどう思う? すみれ ええと…。色紙が、立派で… 水野 立派で? すみれ ...もったいないです。 水野 ああ…。 すみれ ごめんなさい。 水野 いいの、そうだよね、あたしもそう思う。でも、詩そのものはどう?結構ぐっ とくるものない? すみれ (色紙をめくっていろいろ見る。ピンとこない)はあ…。 水野 ね?このコたち、中身は良くても見栄えが悪いばっかりに売れなくてさ、もっ たいないと思わない!? すみれ そうですね…。(モノローグ)困りました。あたしには詩もダメに見えるの ですが、りちゅこさんとの久々の再会の嬉しさと、りちゅこさんの赤い目の怖さにも う、何を言ったらいいのかわからなくなってしまいました。(水野を見る。寝不足で 赤くなり、座った目)…りちゅこさん、ちゃんと寝てますか? 水野 え?ああ、まあ、確かにここんとこあんまり寝てないんだけど。 すみれ お仕事、大変なんですか? 水野 うーん仕事はそうでもない。でも肉体労働だから、ほんとはちゃんと寝なくち ゃいけないんだけど、仕事終わった後、吟遊詩人とこれ売ってるから、どうしてもね。 すみれ 吟遊詩人さんて男の人? 水野 そうだけど、やだなー、そんなんじゃないよ。 すみれ (モノローグ)わかってしまいました。一緒に仕事をしたから知っています。 りちゅこさんのモノを見る目は確かです。だから、このダメな詩に夢中なのではあ りません、つまりはスナフキン男に夢中なのです。 水野 ものすごく、あたしと感性の合う人なの。この詩だってもう、あたしの心の中 をみすかされたみたい。それにね、いい人。こないだも、あたしがうっかり居眠りし ちゃったとき、そっと上着をかけててくれたりとかしてくれてね… すみれ (モノローグ)嬉しそうにスナフキンの話をするりちゅこさんをみていたら、 りちゅこさんの「お願い」というのも、わかってきてしまいました。つまり、これ (色紙)に色を添えるなにかをやってほしいのでしょう。このまま何となく、話をや りすごすことはできます。「さっきの、お願いって何ですか」と蒸し返したら、多分 あたしは断れません。あたしは、りちゅこさんを止めたほうがいいのか、どうしたら いいのか、わからなくなってしまいました。 水野 ...きいてる?すみれちゃん。 すみれ は、はい! 水野 大丈夫?また、貧血? すみれ い、いえ、あの…(意を決したかのように)りちゅこさん! 水野 はい。 すみれ さっきのお願いって、何でるが? 水野 !!  水野、嬉しそうにカバンの中から自分の加工した色紙を取り出す。  暗転  暗転明けて、誰もいない舞台。端のたくさんの椅子の中にるる子と舘越が潜んで いる。るる子の手には水野の作った色紙。  舞台に元結が現れて店開き。 三つ子 あ! 舘越 あの人? 三つ子 そうです。大体今くらいの時間にいつも、水野さんたちもやって来て始まる んです。 舘越 たちって? 三つ子 前に「グリム」で一緒だったとかいう人も来るんです。りり子も知ってる人 で、山田さんって…。 舘越 ふうん。  水野、すみれ現れる。 三つ子 あ、来ましたよ!ほら。  三人、パフォーマンスのように営業を始める。元結が左手で字を書き、すみれが 絵を付け、水野が立体を付ける流れ作業。物珍しさに見物が集まってくる。曲付きで ノリノリの三人。 舘越 何してんの…? 三つ子 これ(色紙)です。すっごい人気なんですよ。今やこの通りの名物です。 舘越 それ、るる子ちゃん買ったんだ。 三つ子 これは試作品なんだそうです。最初、あたしが行った時にはあんなんじゃな かったんですよ。 舘越 ふうん。…あいつ、今これが仕事なの?食えてんの? 三つ子 建築関係の仕事してるって言ってましたよ。 舘越 建築関係?ああ、何となく逞しくなったような…。 三つ子 そうですか? 舘越 かわんないか。 三つ子 舘越さん、どうします。 舘越 え? 三つ子 水野さん。六年ぶりくらいでしょう? 舘越 ああ、そうだよね。 三つ子 呼んできましょうか。 舘越 ...いいよ。 三つ子 ええー。 舘越 まあ、そのうち。 三つ子 ずっと探してたじゃないですか。 舘越 これで居場所はわかったし。今日は、特に急ぎの用事もないし。 三つ子 ......。(もの言いたげに舘越を見ている) 舘越 何かね、こんなに会ってないと、もう別な人みたいで。何話していいかもわか んないから。 三つ子 どうして急にいなくなっちゃったのかとか、きいたらいいじゃないですか。 舘越 六年も前のことだし。 三つ子 会いたくないんですか? 舘越 ......。  黙り込む舘越。ふと、水野たちの方に目を移するる子。と、水野たちと目が合う。 手を振る水野とすみれ。 三つ子 あれ? 舘越 ん? 三つ子 気付かれました。(手を振り返す) 舘越 え、ちょっと! 三つ子 もう、会っちゃいましょうよ。 舘越 だから、今日はいいって。 三つ子 いいじゃないですか。ほら。 舘越 るる子ちゃん!  舘越の手を取って振り返するる子。水野、すみれ、知らない人を見るような顔を して、会釈を返す。 舘越 ...なにあれ。 三つ子 わからないのかな? 舘越 なにそれ。 三つ子 みずのさーん! 舘越 みずのー! 三つ子 たてこしさんですよー! 舘越 あたしー!のんちゃんー!  まわりがうるさく音楽が大きいらしく、きこえない水野とすみれ。掌を耳にあて たりして、「きこえない」身ぶり。 三つ子 きこえない?(水野のところに行こうとする) 舘越 (三つ子を止めて)いいよ! 三つ子 え? 舘越 もういい。帰る。  舘越退場。背中が怒っている。  るる子、水野たちの方に会釈をして舘越を追って退場。  それを見送る水野、すみれ、元結。 元結 三つ子ちゃんと誰かいたね。 すみれ どっかで見た気がするんですけど…。 水野 なんか、必死で手振ってましたね。 元結 知らないの? 水野 え?あたしに振ってました? 元結 俺にじゃないと思うよ。 水野 すみれちゃんじゃない? すみれ 確かに、見覚えある気がするんですけど、誰だったか。 水野 思い出してあげなきゃ可哀想だよ。もう行っちゃったけど。 すみれ そうですよね。あー誰だったかな。  舘越、退場したのとは反対の椅子エリアに出てくる。三人の様子をしばし見ている。 舘越 (モノローグ)水野は結局このとき、あたしのことは全く思い出さなかったら しい。いくら六年ぶりでも、いくら雰囲気が変わってても、あたしは水野をどこでだ って見つける自信がある!薄情にも程がある!頭に来たあたしは、自分から水野に背 を向けた。(退場)  本郷山、舘越とは反対側のエリアに現れる。 本郷山 (モノローグ)おそらくそれと同じころ、あたしも水野さんたちのパフォーマンスを目にとめてた。  そのまま演技エリアに入る本郷山。三人のパフォーマンスになにげなく足をとめ る。しばらく見ている。水野、さすがに気付く。 水野 あ…。 本郷山 あら。どうも。(誰かわからないけど、多分知り合いらしいという態度) すみれ あ!本郷山さん。お久しぶりです。 本郷山 お久しぶりです。(やはり、誰かわかっていない) すみれ その節はどうも。お世話になりました。 本郷山 いえ、こちらこそ。 元結 お知り合い? すみれ こちら、以前うちのパン屋をTVで取材して下さった本郷山さんです。 元結 あ、そうなんだ。どうも。 本郷山 よろしく。(ふと、すみれや元結の後ろに隠れがちな人影に目をやる)…あ れ?水野さん? 水野 ...はい。 本郷山 大学時代、映画撮った? 水野 はい。…今気付いたの? 本郷山 すごーい!久しぶり。元気だった? 水野 う、うん。 すみれ りちゅこさん、本郷山さんと同級生だったんですか? 水野 そう。 本郷山 水野さんが監督で、あたしを主演にアマチュア映画を撮ったの。 元結 映画やってたんだ。 水野 ええ、まあ。 すみれ りちゅこさん、ほんとに映画監督だったんですか!? 水野 アマチュアだよ。ほんとにって何? すみれ そんな噂があったんです。 水野 え、どこで?「グリム」で? 本郷山 水野さん。 水野 はい。 本郷山 懐かしかった。今度ゆっくりお食事にでもいきましょう。 水野 あ、うん…。 元結 りっちゃんのお友達なら、記念に一枚差し上げますよ。 本郷山 (考えている)……。 水野 どうしたの? 本郷山 「いらない」って、別な言葉で言うと何? 水野 ああ、そっか…。 本郷山 ごめんなさい。間に合ってます。 元結 はい…。 本郷山 それじゃあ、またね。 水野 うん。また。 本郷山 (モノローグ)とは言ったものの、そのころあたしはとても忙しかったので、 水野さんたちのことはすぐに忘れてしまった。 水野 本郷山さん? 本郷山 しっかり。  悠然と去っていく本郷山。呆然と見送る3人。 元結 しっかり…? すみれ あたしたち、よっぽどダメに見えたんでしょうか。 水野 ごめんなさい。 元結 りっちゃんが謝ることじゃないよ。 水野 はあ。…あの人のことは、気にしない方がいいです。 元結 うん…。 三人 ......。 元結 今日、ちょっと場所変えようか。 すみれ あ、いいですねそれ。そうしましょう。 水野 ごめんね、ごめんね。  そそくさと河岸を変えに3人退場。  ドアから本郷山が入ってくる。イベント会社でのクライアントである渡辺も後か ら入ってくる。 本郷山 お好きな席にどうぞ。 渡辺 あ、どうも。 本郷山 改めまして、私、今回担当させていただきます、プランニング・ラボ坂口の本郷山と申します。 渡辺 栄伝社の渡辺博信です。 本郷山 よろしくお願いいたします。 渡辺 こちらこそ、よろしくどうぞ。  名刺を交換する二人。 本郷山 早速ですけど、個展の企画ということでしたよね。 渡辺 そうなんです。詩人の。 本郷山 ポエマー。 渡辺 ポエット。大山全という詩人なんですけど、このほどうちの社から初の作品集 を出すことになりまして。で、その刊行記念に作品展をね、宣伝も兼ねてということ で。まあ、その企画を。 本郷山 なるほど。 渡辺 ほぼ無名の詩人なんですが、うちから出してる雑誌に時々作品を載せてまして、 それが好評なんですよ。それで本を出そうってことになったんですけどね。あ、こ れは作品集にのる一部です。(資料を見せる。) 本郷山 ...。(資料をパラパラみている)メッセージ系ですね。 渡辺 ああ、そうそう。そうなんです。癒し系っていうんですかね、なんかこのぼわ ーんとした、ゆるゆるなとこが受けてるんです。 本郷山 326とか、相田みつをみたいな。 渡辺 それ系統、と思っていただければ。 本郷山 『泣いても、笑っても、今日の自分。明日はインスタントラーメン食べよう』 渡辺 はいはい。 本郷山 ......。(遠くを臨むように動かない) 渡辺 揺さぶられましたか? 本郷山 いつだったか、似たものを見た気がします。 渡辺 うちの雑誌を読まれたのでは? 本郷山 いえ、見たことありません。 渡辺 そうですか…。 本郷山 はやってるんですか? 渡辺 まあ、確かにこういう感じの詩を今、沢山みかけるとは思いますけどね。 本郷山 やっぱり。 渡辺 だ、だから、他との差別化をはかるんですよここで。一発作品集と作品展をぶ ちあげて、その辺の道端で売ってる詩とは違うんだぞという… 本郷山 つまり、飾りをつけて売り出そうと。 渡辺 言ってしまえば、まあ…。 本郷山 わかりました。これ(資料)はいただいてよろしいんでしょうか。 渡辺 どうぞどうぞ。 本郷山 企画書は、来週中にでもお出しします。 渡辺 あ、ありがとうございます。 本郷山 よろしくお願いいたします。 渡辺 どうぞよろしく。  握手なぞ交わす二人。退場する渡辺。 本郷山 (モノローグ)こんな仕事を引き受けてもわたしは、水野さんたちのことは しばらく思い出さなかった。作品展は半年以上も先だったし、他の仕事も抱えていて 忙しかったし。 舘越 単に記憶力悪いんじゃないの?  舘越が椅子のあるところでこそこそしている。 本郷山 そんなある日。…どうしたの? 舘越 え? 本郷山 舘越さんでしょ?こんなところで何してるの。 舘越 別に…。あ、…なんか、この辺に秘密の抜け穴があるから探してみろって三つ 子ちゃんが…。でも、嘘みたい。ないから。 本郷山 抜け穴? 舘越 本郷山さん、久しぶりだね。元気そうだね。そのうちご飯にでも行こうね。じ ゃあね。  舘越、挙動不審なまま退場。 本郷山 ...抜け穴?  気になるのでちょっと探してみる本郷山。  その後ろで元結、水野、仲良さそうに話しながら登場。つまりここは元結たちが 店を開いているいつもの場所。舘越は水野が気になり覗きに来ていたのである。 水野 あ、すみれちゃん、今日ちょっと遅れるそうです。 元結 そうなんだ。じゃ、まだ始められないね。 水野 どうします? 元結 どっかでお茶でもして待とうか。 水野 それいいですね。あ、だったら、これ。(カバンから水筒を出す。) 元結 お茶持参なんだ。 水野 よかったらどうぞ。自分なりにいろんなお茶をブレンドしてみました。 元結 へえ。 水野 あと、これもよかったら。 元結 え、これ何?スコーン? 水野 紅茶にはやっぱりスコーンかなって思って。 元結 これ紅茶なの?真っ黒だからさ…。 水野 一応紅茶がベースです。 元結 そうなんだ…。(おそるおそる一口)あ、でもうまい。 水野 ほんとですか!? 元結 (スコーンも一口)あ、これもうまい!いいね、このお茶に合ってるよ。 水野 あ、ジャムも持ってきたんです。これ付けてみて下さい。 元結 おわー、すげー! 水野 よかった。喜んでもらえて。明日も何か作ってきますね! 舘越・すみれ 水野(りちゅこさん)のバカ!  ん?となる水野と元結。    舘越は本郷山と会ったのとは反対側に移動してずっと見ていた。すみれは遅れ て来ていたが、二人の雰囲気に声がかけられず、途中から舘越の隣でみていた。思わ ず立ち上がったすみれに気付く二人。 水野 あ、すみれちゃん。お疲れさま。 すみれ ...どうも。遅れてすみばせぬ。 元結 お疲れ。すごいよ、りっちゃんの手作りスコーン。 水野 すみれちゃんもどう? 元結 うまいよ。 すみれ いりばせぬ。いっぱいなので。 水野 そう?残念…。 元結 じゃ俺もらうよ。うちで食べるから。 水野 ほんとですか?じゃあ、どうぞ! 舘越・すみれ 水野(りちゅこさん)のバカ! すみれ (モノローグ)りちゅこさんのこんな姿みたくない! 舘越 (モノローグ)こんなの水野じゃない! 舘越・すみれ (同時モノローグ)こんなスナフキン男にデレデレしちゃって。それ はどうなの!? すみれ (モノローグ)ほっとけなくてこれに首をつっこんだのですが、なすすべも なく見守るだけのわたしなのでした。 舘越 (モノローグ)背を向けてはみたものの、気になって、毎日仕事帰りに覗きに 来てしまうのだった。 舘越・すみれ 水野(りちゅこさん)のバカ!! 水野 すみれちゃん? すみれ あ、はい。 水野 大丈夫?始めるよ。疲れてる? すみれ だいじょぶでず。  音楽をかけ、パフォーマンスが始まる。気付く本郷山。ふらふらと三人に近付く。 水野 あ、本郷山さん…。 本郷山 やっぱりなかったのよ。抜け穴。 水野 え?   本郷山 さっきそこで…。まあいいわ。…これ、あなたたちって何してるんだっけ? 元結 は? 本郷山 ちょっと見てていい? 水野 別にかまわないけど…。  真正面に陣取って見物し出す本郷山。やりにくそうな3人。 水野 ...あのさ、本郷山さん、見てるのはかまわないんだけど、できればもうちょっ と控えめな場所にしてくれない? 本郷山 これ(立体)、手作りなの? 水野 え?ああ、うん。 本郷山 水野さんが? 水野 あたしと、あと、すみれちゃん。 本郷山 描く絵は、この場で決めてるの? すみれ はい。大体、即興です。 本郷山 ふうん。 元結 文は僕がいつも即興で… 本郷山 それ、画材?みせてくれる? すみれ どうぞ。 水野 ちょっと、本郷山さん… 本郷山 連絡先教えてくれない? 水野 は? 本郷山 携帯番号とか。あるでしょ。 水野 ...いいけど。 本郷山 (すみれに)あなたも。 元結 俺も? 本郷山 ごめんなさい。間に合ってます。(水野たちにメモを差し出す)はい、お願い。 水野 本郷山さん、これ何?どうしたの? 本郷山 そのうち連絡すると思うから。楽しみにしてて。あ、申し遅れました。あた し今、こういう仕事してるの。(名刺を渡す) 水野 プランニング・ラボ坂口…?これ、どういう… 本郷山 そうだ。作品、ひとついただきます。 元結 ひとつって、どれを? 本郷山 どれでも。 元結 どれでもって… 本郷山 これでいいわ。おいくら? すみれ に、二千円になりまず! 水野・元結 !! 本郷山 はい。(ポンと払う)それじゃ、またね。    うきうきと本郷山退場。呆然と見送る3人。 水野 ごめんなさい。 元結 だからいいよ、謝んなくて。 水野 あの人のことは、ほんっとに気にしないで下さい。昔っからああなんです。 元結 わかった。うん、気にしてないから。 すみれ ボったくってやったのに、何か負けた気がします。 水野 そんなことないよ。よくやったよ。 元結 お金、不自由してないんだろうなあ…。 3人 ......。 元結 場所変えようか。 すみれ そうですね、そうしましょう。 水野 すみません。ほんっとにすみません。 元結 だからいいってば。  移動の準備を始める3人。と、水野の電話が鳴る。 水野 誰これ。(出る)…はい。…あ、なんだ。本郷山さん。先ほどはって、たった 今じゃん。…え?色白?…ああ、すみれちゃんね。  すみれ戻ってくる。 すみれ りちゅこさん? 水野 あ、丁度良かった。 すみれ どうしたんですか? 水野 なんか本郷山さんがすみれちゃんとあたしに話があるって…。  本郷山、ドアから入ってくる。あっけにとられている水野とすみれ。 本郷山 そう。突然で申し訳ないんだけど。 水野 う、うん。 本郷山 どうぞ。こちらへ。(ドアの方) 水野 あ、はい…。  ドアの中に消える水野、すみれと本郷山。  その後ろ姿につられるように、ふらふらと出てくる舘越。 舘越 (モノローグ)よくわからないけど、いやな感じがした。  舘越が潜んでいた反対側の椅子エリアに三つ子のりり子が座っている。 三つ子 本郷山さんですか? 舘越 う、うん。  りり子の近くの席に座る舘越。 三つ子 こないだ、一緒にご飯食べました。 舘越 本郷山さんと仲がいいって、るる子ちゃんからきいたけど、ほんとなんだ。 三つ子 仲いいっていうか、気が合うんですよね。 舘越 へえ…。 三つ子 で、何ですか? 舘越 ああ、あの、本郷山さん、水野のこと何か言ってなかったかなって。 三つ子 言ってましたね。なんか、りちゅこさんとすみれさんを引き抜くって。 舘越 引き抜く?…あのスナフキン男から? 三つ子 じゃないですか? 舘越 何のために? 三つ子 何とかって詩人の個展やるんですって。 舘越 誰? 三つ子 さあ。きいたけど忘れました。 舘越 そう…。 三つ子 あ、来ましたよ。  いつもの場所。元結がやってきて店開き。その後ろから水野とすみれ。いつも通 りパフォーマンスを始める。が、水野はどこかうわの空。それを心配そうに見ている すみれ。 三つ子 何か今日、ばらばらですね。 舘越 ......。  明らかにダメな水野。 元結 ...りっちゃん、どうしたの? 水野 え? 元結 具合でも悪い? 水野 そ、そんなことありません。だいじょぶです。 すみれ りちゅこさん、無理しない方が… 元結 え、やっぱり具合悪いんだ。 水野 違います。元気です。 元結 無理するなよ。裏にくっつけちゃってるじゃないか。 水野 ああっ! すみれ りちゅこさんは悪くありません!あたしが裏に付けたくなるような絵を描い たから…。 水野 すみれちゃん! すみれ りちゅこさん! 元結 何かあったの? 二人 ......。 元結 どうしたんだよ?  舘越、3人に近付く。水野、すみれは俯いたままで舘越に気付かない。 舘越 (モノローグ)水野がまた姿を消すんじゃないかという気がした。こんな水野 をみたことがある。アマチュア映画賞をとって、どこかの映画会社の人とあった後の ことだ。(元結に)…これ(件の色紙)、ください。 元結 えっ、いやこれは… 舘越 いいんです。ください。 元結 じゃあ、半額にしますよ。500円で。 舘越 (500円払う)どうも。おつりいいですから。 元結 おつり…?  舘越、そそくさとりり子のところに戻ってくる。 舘越 やっぱり気付いてくれなかった…。 三つ子 何しに行ったんですか? 舘越 何かまた整理つかないうちに行っちゃったよ。 三つ子 いつもあんな感じなんですか? 舘越 いやまあ…。あ。(本郷山に気付く)  本郷山登場。 本郷山 水野さん。 元結 あっ、また来た。 本郷山 あのお話、考えてもらえた? 水野 ええと…。 元結 なに、何の話? すみれ ......。 元結 またあ。 本郷山 (ふと元結に気付く)あら、申し送れました。本郷山と申します。(名刺を 出す) 元結 知ってるよ。 本郷山 どこかでお会いしましたっけ… 元結 前来た時だってずっとここにいたでしょ!? 本郷山 ごめんなさい、わたし夢中になると目の前のことしか見えなくて。 元結 ......。 舘越 だから、目の前のことも見えてないから。 本郷山 じゃ、あのこと、この人にもお許しをもらった方がいいのかしら。 水野 それは…、まだ、全然相談してなくて… 本郷山 そうなの?それじゃ…(元結の方を向く)、お願いがあるんですけど。 水野 本郷山さん!今でなくても… 元結 え、なに。 本郷山 わたし今、ある詩人の個展を企画してまして。大山全ていうんだけど… 元結 え、知ってる。たまに読む雑誌でみるよ。 本郷山 ほんとに? 水野 元結さん、気にしないで下さい、この人の言うことですから。 元結 うん、でもこれ、いい話なんじゃないの?俺その人の詩、結構好きだよ。 本郷山 そういい話よ。あなた達のやってることを、それに取り入れたいの。 元結 え? 本郷山 つまり水野さんたちの絵とオブジェで、大山全の詩を彩るわけ。 元結 へえ。 本郷山 大山さんは書道もやってるから、うってつけでしょ。 元結 ...ああ。 本郷山 ね、いいアイディア。 元結 それだとつまり、俺はいらない…よね。 本郷山 だって大山さんがいるから。 元結 ああ、そりゃ、うん…。うん。 本郷山 ね、どうかしら。水野さんと山田さんを貸していただけない? 元結 ...そもそも、僕がとやかく言うことじゃないし。 水野 元結さん! 本郷山 よかった。この企画、こないだの色紙みせたら先方も大乗り気になってくれ たのよ。作品展の会場では、もちろん実演もしてもらうから。作品集を買っていただ いたら、その場で作者のサインとパフォーマンスとか。 元結 へえ、すごいじゃない。 水野 ......。 元結 やりなよりっちゃん。せっかくこういう地道なのが認められたんだから。滅多 にないことじゃない、こんな、道端で売ってるのがさ。 水野 でも、それじゃ元結さんは… 元結 俺のことは気にしなくていいよ。言ったでしょ。ダメなの自分でわかってるって。 水野 そんなことない、元結さんの詩は素敵です! 元結 ありがとう。でも、そう言ってくれるのはりっちゃんだけだし…。 本郷山 そうねえ。確かに大山さんと似た感じではあるけど、どっかピンとこないのよね。 水野 本郷山さんは黙っててよ。 元結 いいよ、彼女の言う通り。俺の詩にりっちゃんたちは、もったいないよ。 本郷山 わかってらっしゃる。 水野 この人昔っからいいかげんなことしか言わないんです。お願いだから気にしな いで下さい。 本郷山 失礼な。 元結 ...今日はもう、店じまいしようか。 水野 元結さん…。 本郷山 あら、終わりなんだ。それじゃこれから、うちのオフィスで打ち合わせしま しょうよ。二人ともこの後あいてるわよね。 元結 ほ、ほら、俺のことは気にしないで、がんばってよ。すみれちゃんも。 すみれ ...。 本郷山 さ、行きましょう。水野さん、山田さん。 舘越 ま、待って!  椅子から立ち上がる舘越。フードを深くかぶり、且つ、絞っている。 本郷山 え…? 舘越 あ、あの…。  出て来たものの、いきなり勢いを無くす舘越。どう扱っていいかわからない周囲 。 舘越 ...お待ちなさい、お姉さん。 本郷山 お姉さん!? 舘越 む、無理強いはやめた方がいいと思う。娘さんたち、嫌がってるじゃないです か。 本郷山 別に嫌がってなんか… すみれ い、い、い… 水野 す、すみれちゃん? すみれ いやー!!いやーー!! 本郷山 何なの!? 舘越 嫌がってます! すみれ い…(息切れ+貧血) 水野 大丈夫?  支えようとする水野をおしのけ、舘越がすみれを抱きとめる。が、バランスを崩 して3人メタメタに倒れる。 舘越 ほら! 本郷山 ほらって… 舘越 ひどいじゃないですか! すみれ 目の前が真っ暗です! 元結 ...大丈夫? 舘越 あなたも! 元結 え? 舘越 バカにされたんだから、怒りなさい! 元結 い、いや、俺は。 水野 ...そうです、元結さん!怒りましょう! 舘越 ひどいじゃないですか! 水野 ひどいよ本郷山さん! すみれ 目の前が真っ暗です! 本郷山 ねえ、あなた、たて…(舘越さんでしょ) 舘越 ひどいじゃないですか! 本郷山 どういうつもりなの?たてこ…(舘越さんなんでしょ) 舘越 ひどいじゃないですか! 本郷山 ......。 水野 本郷山さんが黙った…。 舘越 え?あ、ほんとだ。 水野 すごい!本郷山さんを黙らせるなんて! すみれ よく知らないけど、すごいのはわかります!  拍手する水野と、すみれ。元結もつられる。その間、体勢を立て直す本郷山。 本郷山 舘越さん。 舘越 ! 本郷山 何のつもりか知らないけど、今日のところはまあ、大目にみてあげる。 舘越 (水野の顔を見る)…。(モノローグ)水野の反応をみて、とっくにあたしだ と気付いてたのがわかった。…恥ずかしい! 三つ子 最初からばればれですよ。 水野 ...本郷山さん。申し訳ないんだけど、やっぱりこのお話、お断りします。 本郷山 水野さん? 三つ子 もったいない。お金けっこうもらえるんでしょ? 本郷山 金額はこないだ提示した通りだけど、イベントが成功すればもっとあがるこ ともあるわよ。 三つ子 あたしならやりますよ。 本郷山 そうだ。作品集もいろいろまだ決まってないこと多いのよ。それにもかませ てもらえば、ギャラだってもっと増えるわよ。 三つ子 ほらあ。 すみれ お、お金の問題じゃないのぜる! 本郷山 ...わかりました。そんなに言うなら、お返事はもう少し待ってあげてもいい わ。 水野 え?いや、だから… 本郷山 舘越さん。今度ゆっくりお話しましょうね。  本郷山、退場。 舘越 ここまで強引だなんて…。 水野 うん…。  ホッとしたのもつかの間、皆の視線が舘越に集まる。フードの絞りをきつくする舘越。 すみれ ...りちゅこさん、舘越さんて… 水野 フード仮面さん。 舘越 え!?あ、はい…。 水野 どこのどなたかは存じませんが、何か、あの、出て来てくれて、ありがとうご ざいました。 舘越 ...いえ。礼には及びません。 三つ子 いつまでやるんですか、舘越さ… 水野 フード仮面さん!本当にありがとうございました! 舘越 いえほんとに、大したことしてないですから。 水野 ......。 舘越 ......。 元結 ...りっちゃん、よかったの? 水野 何がですか? 元結 俺のことは、ほんとに気にしなくていいんだよ。 水野 いいんです、ほんとに。あたしは、元結さんとこれがやりたいんですから。… それより、ごめんなさい。 元結 え? 水野 不愉快な思いをさせてしまって。こうなる前に断るべきでした。ほんとにごめ んなさい。 元結 いや、そんな。 水野 (舘越に向き直る)あの…、お願いがあるんです。 舘越 な、何でしょう。 水野 ...その節は、ごめんなさい。 舘越 ...。 水野 と、のんちゃんという、わたしの友だちに伝えていただけませんか? 舘越 ...あ、ああ。はい。 水野 実は、今回のことも、あの時とごっちゃになっちゃって…。 舘越 ...うん。 水野 ...あたし、こうなるとどっちみちダメなんです。先に進んでも、結局自分のや りたいことを見失っちゃうし。「グリム」のときだって…。 すみれ りちゅこさん。 水野 その度に毎回逃げ出してました。すみれちゃんも、ごめんなさい。 すみれ いいんです。だって、あたしのとこには戻って来てくれたじゃないですか。 水野 うん…。 舘越 ...もう、気にしなくていいからって、そのお友だちが言ってました。 水野 ほんとに? 舘越 それより、たまには連絡よこせって。…ちなみに、これが連絡先です。(名刺 かなんか出す) 水野 ありがとう。 舘越 他には? 水野 え? 舘越 何か伝えましょうか? 水野 それじゃ、ええと…。元気だった?って。 舘越 元気だったみたいですよ。 水野 そうなんだ。じゃあ、あたしも、元気だからって。 舘越 わかった。伝えます。 水野 よろしく。フード仮面さん。 舘越 ...それじゃ。また。 水野 うん。また。  演技エリアは明かりoff。  舘越、演技エリアから出る。 舘越 (フードを脱いでモノローグ)これが、水野律子との6年ぶりの再会だった。 正式にそう言えるかどうかは微妙だけど。この後水野は、スナフキン男と一緒に、再 び姿を消した。本郷山さんからの執拗な誘いに、さすがの水野も耐えかねたんだと思 う。すみれちゃんは、水野たちにはついて行かなかったらしく、ずっと同じパン屋さ んで働いている。あたしはすみれちゃんと、ちょっと親しくなった。(ふとりり子と 目があう。) 三つ子 あ、うちのお母さんに、明後日は帰るからって伝えてもらえますか? 舘越 え? 三つ子 (携帯を取り出し、かける)あ、本郷山さん?ご飯連れてってくださいよ。  りり子、電話で本郷山と話しながら退場。 舘越 (モノローグ)水野たちの失踪で、一時は暗礁に乗り上げた例の企画は、助っ 人を買って出た三つ子ちゃんたちのパフォーマンスによって、大成功をおさめたらし い。…今回水野は、まるきり行方不明になったわけではなかった。逃亡先からよく葉 書や手紙をくれた。れから4年後、水野が帰るという知らせも、その手紙からだった。 今度こそ本当の再会を祝してあたしたちは、二人で焼肉屋にでかけた。そこで、三 つ子ちゃんの最後の一人、らら子ちゃんと出会い、レバ刺しにあたり、二人仲良く入 院したのである。  舘越退場。  エピローグ・現在。  再びプロローグと同じ病院。  水野、パジャマ姿で登場。三つ子と舘越の声がきこえてくる。水野、二人の声を きいている。   三つ子 あれ?水野さん、どこ行っちゃったんでしょう? 舘越 え、嘘、いない!? 三つ子 さっきまでそこで怯えてたのに。 舘越 水野!水野!!  舘越、水野をみつけて登場。   舘越 ...こんなところにいた。 水野 どうしたの? 舘越 別に…、急にいなくなるから。 水野 ああ、ごめん。 舘越 病み上がりなんだから、ふらふらと出歩かないでよ。 水野 うん。わかった。あれ、三つ子ちゃんは? 舘越 あ、ほったらかしてきちゃった。(戻ろうとするが、足を止める)あたし、行 くけど… 水野 うん。あたしはもう少しここにいる。 舘越 そう。(モノローグ)あたしは、ずいぶん長い間、水野という人間の迷路には まり込んでしまったと思ってた。今でもまだ、その中にいる気もする。けど、出口は 案外、単純なところにあるのかもしれない。  舘越、退場。 水野 (モノローグ)あたしは、こっそり舘越望美の様子をうかがう癖があります。 少し離れたところで。本人には気付かれないように。それは、舘越としばらく離れて いた間、できてしまった習慣でした。…舘越とは、中学で同じクラスになってからの 縁です。映画が好きで、あたしがきいたこともない面白い映画をたくさん知ってて、 自分でも大人の人たちとショートフィルムなんか撮ってたりして。あたしが映画を撮 るようになったのも、舘越の影響です。二人で最初に映画をとったのは、大学1年の とき。今から12年前のことです…。  おわり