Crater Jam                                     作/益岡礼智 登場人物  本宮 岬(占い師)      本宮 真苗(フリーター・岬の妹)      田鎖 康子(デパート店員)        増田 隆行(無職)        ひうら みろえ(フリーター)      なつち きくこ(フリーター)        増田 雅行(喫茶店経営・隆行の兄)   1 オープニング      雨の中に停まっている車。(舞台上手に車の座席状の4つのイス。)運転席には 米屋姿のひうら、後部座席には大きすぎる米袋。激しく手招きするひうら。その先か らなつちが走り込んで来て、助手席に乗る。走り出す黄色い軽自動車。 なつち ハー、ハー…ふ、ふふ…ハー、ハー…ふふふふ…(シートベルトがうまく行かない) ひうら なっちゃん!手袋してない! なつち あああ!!暑くていつの間にか脱いじゃうんだよ。 ひうら いつから? なつち 分かんない。 ひうら いっぱい残して来たんじゃないの、指紋? なつち 分かんない。かもしんない。(関係ないがシートベルトがなかなかうまくい かない) ひうら 戻る? なつち えっ、どうしよう。 ひうら 戻るっ? なつち 違う!駐車場で手洗った時だ!オッケー、止めて! ひうら え。(キーッ。車止める) なつち (すかさず降りて、走り戻っていく) ひうら ちょっとどうしたのー! なつち 水、出しっぱなしー! ひうら なっちゃーん!  雨の日の満員電車。(舞台下手に電車の座席状のベンチ。)座席には本宮真苗、 吊り革に田鎖康子。  田鎖の目は心なしかいきいきして見える。真苗はバッグの他に大きなスケッチブ ックを持っており、ひざに置いたり脇に置いたりおさまりが悪そう。と、思ううちに 駅。人がどやどやと降りていき、真苗が、そして田鎖が降りていく。しかし途中で真 苗はくるりと振り向き人波を割って戻っていく。座席にスケッチブックを忘れたのだ。     順番を待って降りようとした田鎖と戻る真苗がはち合わす。真苗は 思わず田鎖にお願いする。 真苗 スケッチブック。スケッチブックお願いします。 田鎖 はい? 真苗 そこの。あたしの。スケッチブック。 田鎖 え?え?  訳の分からないまま田鎖は、真苗の指差す方向へ戻る。真苗も乗る人波にのって 電車へ入る。そしてアナウンス、ドアが閉まる。  ごとん。ごとん。 田鎖 あ。(動き出すホームを見る) 真苗 それです。ありがとうございます。  田鎖はスケッチブックを取り、手渡す。目は過ぎ行く景色を見ている。 真苗 今の駅で降りるんでした? 田鎖 ええ、まあ。 真苗 あたしもです。 田鎖 はい…。  真苗は何の気なしに田鎖を見ている。田鎖は真苗を見ると見つめ合う形になって しまうので、なんとなく斜め下を向いてしまう。 真苗 次の駅で折り返しましょうね。 田鎖 そうですね。 真苗 遅刻しそうですか? 田鎖 いえまだ余裕あるんで。 真苗 とんだことでしたね。 田鎖 ...ほんとに。  舞台上手、なつちが戻って再び走り出す車。後部座席の米袋の内側からはさみが 突き出し、袋の口をちょきちょきと切っていく。 なつち あーははー。水、止まってたー。ふ、ふふふ…ふふ… ひうら ちょっと落ち着きなよ。 なつち ふー。(落ち着いたかにも見えるが、いろんなことを思い出し目があちこち 泳いでいる)あっ…いやいや。ん?いやいやいや。 ひうら  え?なに、まだなんか? なつち  えーとね、えーと、手袋おいてきた。         再びキーッとブレーキをかけるひうら。前のめりになる拍子にはさみが 前に落ちる。 ひうら  なっちゃん! なつち  とってくるね。…あれ。(はさみに気づく) 岬    (袋から顔を出し)あ、ごめんなさいね。 なつち  ううん。はい(岬にはさみをわたしかける)        一瞬の間。 三人   あ゛ー!!       あわてて顔を適当に隠すひうらとなつち。ホールド・アップする岬。     電車の中。何となく下を向いている田鎖となぜかしっかり相対している 真苗。と、 田鎖 本宮さん? 真苗 (少しびくっとして)はい。 田鎖 本宮、ま、なえさん? 真苗 (田鎖をくわあと見る。) 田鎖 いや、書いてるんで。  田鎖、スケッチブック表紙を指す。確かにスケッチブックには大きく「本宮真苗 」と書いてある。 真苗 ああ。(安心、がっかり) 田鎖 それでもしかして、シン・プリテクストで働いてません?141の。 真苗 (田鎖をくわあと見る。) 田鎖 あたし田鎖です。田鎖康子。きいてません? 真苗 何を? 田鎖 あたしもそこで働いていたんです。それで今日からまた働くんです。盲腸でし ばらく入院しちゃってて、それで(本宮さん)ピンチヒッターで入ってもらって…。 入れ違いになったんですよね。 真苗 田鎖康子…。どこかで聞いたような。 田鎖 だから入れ違いで…。 真苗 あ。  次の駅に着き、二人降りる。向いのホームへ行く。 真苗 初めまして。本宮真苗です。 田鎖 なんか、…話に聞いてた通り「まなちゃん」って感じだね。 真苗 (田鎖をくわと見る。) 田鎖 いや、お見舞いに来た三尾さんたちが、「まなちゃんが、まなちゃんが…って 」言ってて。 真苗 そうですか。 田鎖 まなちゃんで(呼び方)いい? 真苗 ヤスッチでいい? 田鎖 あたし?…いいけど。 真苗 ヤスッチ、お昼おごってくれる? 田鎖 お昼? 真苗 うん、お詫びに。 田鎖 ん?ごめんなさい、どういうことかわかんない。 真苗 電車乗り越しちゃったわけだし。 田鎖 ああ…。 真苗 貸しだから。 田鎖  うん…。え、あたしが借り!? 真苗  こういうことははっきりさせとかないと。 田鎖 だって、そもそもまなちゃんがスケッチブック忘れたから… 真苗 ヤスッチがもたもたしたから。 田鎖 あたしのせい? 真苗 そんなに気に病まなくていいよ。 田鎖 ええ? 真苗 だからお昼一食でチャラ。 田鎖 ...。 真苗 これから同じ職場で働くんだもんね。仲良くしよう。 田鎖 どっちも悪くて恨みっこなしっていうのは? 真苗 寝付けなくなるから。 田鎖 ...そっか。 真苗 ああ。思い出した。田鎖康子。盲腸で入院してたんだ。 田鎖 だからそう言ったじゃない。 真苗 痛いの我慢して自分で救急車呼んで、自分で歩いていった。 田鎖 そ、そう。 真苗 しかも6階から階段で。 田鎖 なにげに動転してたんだよね。 真苗 あの盲腸の。 田鎖 うん。 真苗 田鎖康子。 電車到着。乗り込む二人。 真苗 じゃヤスッチ、あそこツルツルなんだ。 田鎖 (カアア)…そう。みたいね。 真苗 みたいってヤスッチのことだよ。やっぱ剃られちゃったんでしょ、毛。 田鎖 ...うん。 真苗 今ぐらいだとジョリジョリいうの?  車の中。後部座席でバンザイしている岬とはさみを突き付けているなつち、それ を見守るひうら。 岬 ...あの ひうら 何!? 岬 手袋取りに行かなくていいの? なつち あ、そうだ!(ひうらにはさみを渡し止める間もなく、走り戻っていく) ひうら  なっちゃーん!!       膠着状態の岬とひうら。 岬 ...あの、ホント何もしないんで、できないんで。ただ、この袋の中お米臭くて息 がつまりそうだったから呼吸だけでもなんとかしようと思って、も、ホントそれ以上 は何もしないんで、できないんで。そのハサミももういらないし、あ、からだ縛り直 す? ひうら どうやってほどいたの? 岬 12ある特技の一つだから気にしないで。 ひうら いつ目が覚めたの? 岬 車に乗せられる直前くらい。 ひうら スタンガン効かなかったの?電流最大だよ? 岬 14ある特異体質の一つだから気にしないで。   再び膠着状態。 ひうら ど、どうしよう… 岬 とりあえず、目隠しした方がよくない? ひうら あ、そっか。    とは言うものの、片手ははさみで、もう片手は顔を隠しているのでどうにもで きないひうら。おろおろしてるとなつちが戻ってくる。 なつち  ごめん。フードに入れてた。 ひうら なっちゃん、顔、顔隠して! なつち  !(慌ててフードをかぶる) ひうら あ、それからこいつに目隠しして。 なつち わ、わかった。(フードで前が見えずに、わけわかんない動き) 岬 だいじょぶ、何もしないんで、できないんで。 ひうら 信用できるか! 岬 いや、ホントホント。ほら、目隠しならこの帽子で、こうやって(かぶっていた 帽子をぐっと目深にして)見えなーい、見えなーい。 ひうら (指を二本たてる) 岬 三本。 ひうら 中途半端に間違えるなよ。 なつち あ、見えてんのか。      電車の中。 真苗 ジョリジョリ… 田鎖 ど、どこで食べるのがいい?お昼。 真苗 え? 田鎖 借りを返すから。 真苗 ...じゃあ、「むらさめ」。 田鎖 ああ、あすこのタクラマカン定食おいしいよね。 真苗 海老茶パフェもつけてね。 田鎖 う、うん、わかった。 真苗 (田鎖の下半身を見つめ続けている) 田鎖 ...あんまり見ないでくれる? 真苗 何を? 田鎖 何をって… 真苗 ヤスッチ自意識過剰。(と言いつつ目を話さない) 田鎖 あの、あの、絵すきなの? 真苗 なんで? 田鎖 そのスケッチブック。 真苗 スケッチブック持ってたら皆絵が好き? 田鎖 いや… 真苗 皮ジャン着てたら皆ライダー?バナナ食ってたら皆サル? 田鎖 ええ? 真苗 復帰第一日目だからってナーバスにならないで。 田鎖 う、うん。ごめん。 真苗 リラックスリラックス。 田鎖 ...ああ、リラックスリラックス。…いつつつ…。(右脇腹が痛い) 真苗 どうしたのヤスッチ。 田鎖 手術したとこがたまにひきつれるんだよね。 真苗 ええ、そうなんだあ。(ものごしだけ心配そう) 田鎖 何かヤブだったみたいで。あははは… 真苗 なんてとこ? 田鎖 小貫医院てね、ほら、うちの職場の近所の病院。 真苗 ああ、駅にでっかい看板出してる。 田鎖 そうそう。下手なくせに、やたらと金かかる病院だったよ、騙されたって感じ 。 あ、もう大丈夫。 真苗 あれ?(流れて来る景色の中の小貫医院を指差す) 田鎖 そう。駅から見えるよね。まーったく。    電車がホームに着く。線路向こうに見える「小貫医院」。     田鎖、人波に乗って行こうとするが、立ち止まっている真苗。 田鎖 まなちゃん? 真苗 ボッタクリ病院…。(バッグから石を取り出す) 田鎖 持ち歩いてるの? 真苗、小貫医院にめがけおおきくふりかぶり石を投げ付ける。がしゃーん。   唖然とする田鎖。 真苗 さ、逃げましょう。 田鎖の腕をとって走り出す真苗。(退場)  車の中。結局布(ハンカチ等)で目隠しされてる岬。  黙々と運転しているひうら。ウォークマンをきいてるなつち。 岬 きいてもいい? ひうら ダメ。 岬 どこ行くの?僕、誰かに会わなきゃいけないの? ひうら きいてないし。 岬 ひょっとしてヤクザの事務所? ひうら 覚えがあるの? 岬 路上で商売することもあるから多少。違うんだ? ひうら まあ、ヤクザじゃないよ。 岬 じゃ何? ひうら うるさい。 岬 じゃ、質問かえるね。 ひうら かえても同じ。 岬 もう、じゃあ僕どうすればいいの!? ひうら 逆ギレすんな!大人しく座ってろ。  一瞬だけ静まる岬。 岬 あーあ。退屈なドライブだなー ひうら あんた立場わかってる!? 岬 わかんないからきいてんじゃん。もういいよ、ちょっと、そっちの人(なつちの 座 席を足でつつく) なつち ん?(ウォークマンをはずす) 岬 僕をこれからどうするの? なつち ああ、どうすんの?(ひうらに) 岬 わかんないの? ひうら だいじょぶだいじょぶ。(なつちに) なつち そっか。(再びウォークマンをつける) 岬 この人は何でここにいるの!? ひうら (無言でスタンガンを取り出してバチバチいわす) 岬 あ、何か、ゴメンなさい。 ひうら (スタンガンをなつちにわたしつつ)静かにしててよね。 岬 はい。すみません。  と、スタンガンを渡されたなつちが何か勘違いする。岬にスタンガンをあてるの か?というようなことを、ウォークマンをつけたままなので身ぶりでひうらにきく。 混乱するひうら、なつちがスタンガンをスイッチ入れずにあててみたりするのでパニ ックになる岬。 ひうら ちがっ、なっちゃん違う! 岬 やめてー!! なつち (やっとウォークマンをはずす)と、特異体質だから?ど、どうするの?い いの? 岬 おとなしくするから!ごめんなさいいい!痛いのはいやあああ!(といいつつバ タバタ暴れる)  そのままわけがわからなくなる車中。ドタバタしてるうちについうっかりスタン ガンの先がひうらにあたる。 なつち あっ ひうら あ゛ー!!  暗転 2 喫茶店「Crater Jam」  外は雨が降っている。  カウンターに向かって立ち尽くしている男:増田隆行。  目線の先にはカウンターの上に乗った手。カウンターの向こうには人が倒れて椅 子にひっかかっており、片手がカウンターに残っている状態。  長い静止。  後、店の外で車がぶつかる音がする。我に返る隆行。おろおろしつつ、状況判 断 をしてるうちに岬が入り口から顔を出す。  咄嗟に手だけはカウンターの向こうに落とす隆行。 岬 ......。 隆行 ......。 岬 「いらっしゃいませ、何名様ですか」 隆行 (指を1本出す) 岬 そうじゃなくて。 隆行 え? 岬 えじゃなくて。 隆行 ...? 岬 あれ?やってないの? 隆行 ...あっ、あーあー 岬 開いてんだからやってんだよね。 隆行 い、いや… 岬 三名。うち二人はケガ人だから。(引っ込む) 隆行 はあ。…、ええ!?  またおろおろと動き回る隆行。なんとなく状況を理解してカウンターの向こうの 雅行(手の人)からエプロンを剥ぎ取り身につける。一瞬雅行をどうするか迷うが、 保留してしまう。それでもまだ岬たちが入ってくる様子がないので、その辺の椅子 やらカップやらをそれらしくいじっている。間がもたずに再び雅行をどうにかしよう とするや、岬となつちがひうらをかかえて入ってくる。  ひうらはぐったり。なつちは軽傷。    隆行 いらっしゃいませ。 なつち あたしカフェラテ。 岬 あ、ぼくも。 隆行 何名様でしょうか。 なつち ちょっと邪魔。  ひうらを中央のテーブルに運び、どーんと横たえる。 隆行 ......。 岬 さっき三人って言ったじゃん。 隆行 死んでるんですか? ひうら 生きてるよっ。 隆行 ああ…。    ひうらを置いたテーブルの椅子に腰掛け落ち着く岬となつち。 岬 どうするの? なつち だからカフェラテ。 岬 そういうことじゃなくてさ。  傍に立って三人をみている隆行に気付く岬。 岬 ヒゲは剃っちゃったんだ? 隆行 は? なつち カフェラテ二つ。 隆行 あ、はい。(一応見つけといたオーダー表にメモ) 岬 お腹減ってるんだけど。 なつち いいよ。 岬 ここお勧めってある? 隆行 お勧めですか…? 岬 そう。 隆行 ...フレンチ…トースト? 岬 じゃそれ一つ。 なつち あ、あたしも。 岬 二つ。 ひうら なっちゃん… なつち ひーちゃんも? ひうら (首をふりつつ)レモンティー。 岬 じゃ、とりあえずそれで。 隆行 かしこまりました。  隆行、カウンターの向こうに去る。 岬・なつち ふう。(ひうらに)大丈夫? ひうら わかんないけど…(起き上がろうとするがしびれている) 岬 ああっ、動かない方がいいよ。 なつち どうする?救急車呼ぶ? ひうら い、いやいやいや… 岬 起きない方がいいって。 なつち どうする?警察とか。 岬 ばっかじゃないの? なつち (しばらく岬をみて)あ、そっか。 岬 しかも自損事故だし。 なつち だね。じゃ、せめて病院いく? ひうら いいよ。多分大丈夫だと思う。 岬 ほんとに? なつち まあ、エアバック出たしね。 岬 じゃなんでこの人ぐったりなの? ひうら ちょっとしびれてるだけだから。 なつち ごめんね。 ひうら いいよもう。 岬 それでさ、どうするの? ひうら ...ちょっと電話… なつち・岬 どこに!? ひうら なっちゃん…。 なつち え? 岬 何?ねえ、どこにかけんの? ひうら あんたは黙ってて。 なつち (PHSを取り出す)あ、ひーちゃん、ここ圏外だ。 ひうら ほんと?(カウンターに)すみませーん、電話… 隆行 あ、はい。…どうぞ。(カウンター端のピンク電話をさす) なつち で?     ひうら ん? なつち どこにかけんの? ひうら ...いいよ、あたしかけるから。 岬 ダメ!寝てなくちゃ。 ひうら もう大丈夫だってば!  ひうらよろよろしながらカウンターに近付く。しびれつつ電話をかける。  作業をしつつひうらに近付く隆行。 ひうら あ、ひうらです。どうも。森谷さんいますか?…あ、どうもひうらです。捕 まえたんですけど、ちょっと車ぶつけちゃいまして、今…えーと(隆行に)すみませ ん、ここなんていうんですか? 隆行 え?な、何が? ひうら 名前、お店の。 隆行 あの、あの…(がたがたやりながら電話線をハサミで切る)あっ ひうら ちょっと…。 隆行 すみません、ついうっかり。 ひうら どういうことよそれ。 隆行 さあ…。 ひうら さあって… 隆行 すみません。あの、自分でも何が何だか…。何で俺ハサミなんか持ってるんで しょう? ひうら 知らないよ。とにかくさ、あたし今大事な電話してたんだけど。 隆行 はい。 ひうら どうしてくれんの? 隆行 (切った電話線を眺める)……。 岬 ねえちょっとカフェラテまだー? なつち せめてお冷やだけでも持って来てー。 ひうら なっちゃん! なつち え、何? ひうら 見てなかったの!? なつち ゴメン、どうしたの? ひうら こいつが電話線切っちゃったんだよ。 隆行 すみません。 なつち 謝ってるじゃん。 ひうら 謝られたってどうにもなんないでしょ。森谷さんと連絡とれなくなったんだ よ。 なつち あ、森谷さんに電話してたんだ。 ひうら 他の誰に電話するの。 岬 何だか知らないけど謝ってんだからさあ、許してあげなよ。 隆行 ...あ、あの ひうら 何。 隆行 あ、あなたにも、フレンチトーストお付けしますから。 ひうら お付けしますから何。森谷さんにテレパシーでも送ってくれる。 隆行 (がんばってみる) 岬 許してあげて!お願いだから! なつち 哀れだよ!ひーちゃんお願い! ひうら ああもうわかったよ。 隆行 ありがとうございます! ひうら ......。 岬 あ、ごめんちょっと電話していい? ひうら !? なつち え、圏外じゃない? 岬 そっちのってピッチでしょ。携帯ならアンテナ1本、ギリギリ立ってる。 ひうら 貸して! 岬 いいけど、ちょっと待って。友だちと約束あったんだ。 ひうら 待て!友だちって誰。 岬 言ったってぼくの友だち知らないでしょ。 ひうら そうじゃなくて 岬 大丈夫、変なことしないから。(止める間もなくかける)  ロッカー室。真苗と田鎖が着替えている。  真苗の携帯が鳴り出す。 田鎖 まなちゃーん、携帯鳴ってるよ。 真苗 (画面をみて着信が岬と確認する)お兄ちゃんだ…ヤスッチ出て。 田鎖 え? 真苗 あたしが出たらバレちゃう。 田鎖 何が? 真苗 いいから早く! 田鎖 だって、どうしてあたしが? 真苗 ぐだぐだ言ってないで早く。 田鎖 ちょっと待ってよまなちゃん… 真苗 待てない、切れちゃうでしょう。適当に話していいから。ほら、切れちゃう! (田鎖に電話を押し付ける) 田鎖 うん。(つい受け取ってしまう)…もしもし? 岬 あ、ますっち? 田鎖 は、はい、ヤスッチです。 岬 僕。岬。ごめん、今日ちょっとダメになっちゃった。 田鎖 え?あ、あの…    横で真苗が「電話を延ばせ」のジェスチュア。 田鎖 ええ? 岬 ごめんねえ。 田鎖 ううーん。 岬 なんか僕、拉致られちゃってさ、今山奥にいんの。 田鎖 拉致!?  田鎖と同時に反応するひうら。以後、ひうらは電話を止めさせようと岬を追い掛 け廻す。ひらひらとかわしつつ話す岬。 岬 ていうか誘拐? 田鎖 誘拐!? 岬 うん。だからね、身代金とか3億くらい用意しといて。 田鎖 3億!? 岬 ほんとごめんね。今度絶対つれてくから。喫茶「むらさめ」 田鎖 ...い、今どこ? 岬 えーとね…(店のマッチを見つける。)「クレーター・ジャム」って喫茶店。… あれ? ひうら 何? 岬 もしもし?もしもーし。…切れちゃった。(携帯をいじる)あれ、発信できない。 ひうら あんた滅茶苦茶妙なことしてくれたじゃないか。 岬 うん?そう?…あれ?あれ?おかしいなー ひうら あたしたち誘拐犯になっちゃったじゃん! 岬 違うの? ひうら あたしたちはただ、森谷さんにあんたを連れて来いって言われただけで… 岬 連れて来いって言われただけで、見ず知らずの人間を拉致する? ひうら だってバイトだから。 岬 バイトなの!? ひうら うん。ねえ。 なつち うん。時給800円。 岬 800円!? ひうら こっちだって安い金でこき使われてんだからな! なつち そうそう。 岬 バカじゃないのあんたたち! ひうら バカじゃないもん! 岬 バイトで拉致する人間がどこにいる。 ひうら 拉致じゃないもん。ちょと有無を言わさずついて来てもらっただけだもん。 岬 そういうのを拉致っていうの! なつち だって、ねえ。頼まれたから。 ひうら こっちだって仕事なんだから。 岬 そこがバカだっての なつち バカじゃないもん! 岬 あんたたちのバイトのせいでタクラマカン定食食べ損ねたんだ。 ひうら 知るかそんなこと。 岬 おごりだったのに! ひうら まだ言うか。 岬 ばーかばーか ひうら バカって言ったら自分がバーカ!! なつち ひーちゃん、落着いて。 岬 ...もういい。その森谷さんて誰なの? なつち え?知らないの? 岬 ほんとに僕?人違いしたんじゃないの? ひうら そんなはずないよ。あんたの写真わたされたんだから(写真をみせる) 岬 あ、僕だ。 ひうら ほら。 岬 じゃあ、なんだろう。  ロッカー室。携帯を持ったまま、おろおろしている田鎖。静かに怒りを畜えてい る真苗。 田鎖 まなちゃん、どうしよう。 真苗 電話、向こうから切られちゃったの? 田鎖 うん、何か急に。 真苗 いい、ヤスッチ、こういう交渉ごとはどっちが主導権を握るかがポイントなん だよ。今までの人生何してきたの? 田鎖 い、いや… 真苗 お兄ちゃんが死んだら9割方ヤスッチのせいだ。 田鎖 えええ? 真苗 責任はとってもらうからね。 田鎖 ちょっと、まなちゃん、落着いてよ。 真苗 ヤスッチこそ落ち着いて。そしてどうすれば挽回できるか考えて。 田鎖 またあたしの借りなの? 真苗 お兄ちゃん、今どこにいるって? 田鎖 は? 真苗 きいてたでしょ。 田鎖 ああ、たしか、…「クレーター・ジャム」とかって喫茶店… 真苗 よし。電話返して。 田鎖 どうするの?警察に…? 真苗 (電話をかける)あ、ママ?岬いる?…そう。…だよね。ううん。いいの何で もない。(切って2件目の電話をかける)…あもしもし?今日岬どう?…出てないん だ。わかった。ありがとう。 田鎖 ...? 真苗 家にも職場にもいない…。 田鎖 あ、職場にかけてたんだ。 真苗 いつも見張らせてるの。 田鎖 何を? 真苗 お兄ちゃん。 田鎖 ...ごめん、あたし混乱してるみたいで、まなちゃんの言うことの意味がわかん なくなってるみたい。 真苗 まだそんなこと言ってるの!? 田鎖 ご、ごめんなさい。 真苗 もういい。ヤスッチは場所調べて。その喫茶店の。 田鎖 警察には? 真苗 そんなことしてお兄ちゃんに何かあったらヤスッチはどう責任をとるの!? 田鎖 わ、わかった。ごめんなさい。 真苗 はやく調べて。 田鎖 あの、仕事は… 真苗 え? 田鎖 ううん、何でもないの。ごめんなさい。  Crater Jam。カフェラテやらフレンチトーストやらを作ろうとしている隆行。し かし、密かに三人をうかがっているので、気がそぞろな感じ。  なつちとひうらはこれからどうするか相談している。岬は携帯をいじっている。   岬 ...これさあ。 なつち ん? 岬 バッテリー切れかも。 なつち そっかあ。 岬 画面が出たり消えたりする。あ、ひょっとして壊れたかなあ。故障の多い機種な んだよね。 なつち へえ。 岬 とりあえず、あっためてみよう。 ひうら ...使えない。 岬 誰だってあるでしょこういうこと。 ひうら あたしは無いから。 岬 そっちなんかピッチのくせに。 ひうら ピッチのどこが悪い。 岬 別に悪かないけどさー、なーんか貧乏くさいよね、ピッチって。 なつち ああ、そうだよね。 ひうら なっちゃん! なつち しょうがないよ、ほんとに貧乏なんだから。 岬 やっぱりね。 ひうら うるさい!バッテリー切れのくせに。…大体あんたさ、職業占い師だって? そんなんで食っていけてんの?そっちこそ貧乏なんじゃないの? 岬 御心配には及びません。僕んちお金持ちだから。 ひうら !!…どうりで。気にはなってたんだ。ここ入るなり、値段も見ないでメニ ュー決めやがるから。(わなわなと岬の首に手がのびる) 岬 カフェラテとフレンチトーストくらい、たかが知れてるじゃん。(ひうらの首を 締め返す) ひうら そういう金銭感覚が許せないって言ってんだよ。 岬 しょうがないじゃん、温室育ちなんだから。 ひうら じゃ、あたしは何だ、寒冷地野菜か? 岬 言ってないじゃん、そんなこと。 ひうら この腐れトマト〜 なつち ひ、ひーちゃんストップ。やめて、ね、やめて。(二人を離す) 岬 何だそのひがみ根性。あんた実はピッチすら持てない貧乏なんじゃないの? ひうら も、持ってるよ。 岬 どんなの。みせてよ。 ひうら ...ほら。(ポケットから黒いピッチの一部のようなものを少し除かせる。) 岬 なにそれ、ちゃんと見せなよ。 ひうら いいじゃんどんなのだって。しつこいよあんた。  岬、ひうらを追い掛け廻す。捕まって無理矢理ポケットからさっきのモノを引っ 張り出されるひうら。 岬 ...スタンガン。まだあったんだ。 ひうら (咄嗟に取りかえす)スタンガン型なの! 岬 それ趣味?もっと他のことにお金遣いなよ。 ひうら うるさいよ! なつち ねえ、占いって?何占い? 岬 うーん、ひととおりなんでもやるけど、とりあえずタロットかな。 なつち 当たる? 岬 当たんない。自分でもびっくりするくらい。 なつち なんだ。 岬 得意なのもあるよ。誕生日占い。 なつち 誕生日を当てるの? 岬 今年の誕生日、何がもらえるかを当てるの。例えば…  タロットを取り出す岬。とりあえずターゲットを隆行にきめる。カウンターのと ころにカードを広げる。 岬 マスター、こん中から好きなのとって。集中してね。 隆行 す、好きなの? 岬 そう。一枚ね。 隆行 ...じゃあ、これ。 岬 はいはい。…今年の誕生日にあなたは、「つくりかけのもの」と「つかいものに ならないもの」をもらいます。 隆行 なにそれ!? 岬 もらってみればわかるよ。僕これだけは外したことないから。 ひうら 役に立つんだか立たないんだか。 なつち 後で何もらったか教えてねー。 隆行 は、はい…。 なつち ...ねえ、いいかげんまだ?フレンチトースト。 隆行 すっ、すみません…。カフェラテは只今…。  やっとできたカフェラテ状の物を運ぶ隆行。カタカタと震えている。 岬 (これ)カフェラテ? なつち え?(かまわずごくごく飲む:つまりそのくらい冷めている) ひうら レモンティーは。 隆行 ご、ごめんなさい、もう少し待ってもらえますか? ひうら じゃせめてお冷やちょうだいよ。ノド乾いちゃったんだけど。 隆行 はい。只今。  カウンターに戻りお冷やのポットを探すが、その日のはまだ用意されていない。 雅行の体にこけつつ、結局水道から水を汲む。 ひうら ...水道水?ふざけてんの? 隆行 いいえっ。す、すみません。 ひうら ミネラルウォーターくらいあるんでしょ。  隆行、なるほどと下を見回す。奥の方にミネラルウォーターの箱を見つけ、また 雅行にこけつつそちらへ進む。 岬 ...さっきから何ごそごそしてんの? 隆行 いえ、別に何も。 岬 なーんか挙動不審だよね。(カウンターを覗き込む。)!! 隆行 !!  カウンターの中の死体(雅行)をみて固まる岬。声をあげそうになるのを咄嗟に 塞ぐ隆行。そのまま岬の首に腕をまわし、別な手で武器になるものを探す。手が外れ て騒ぎ出す岬。 岬 あ゛ーっあ゛ーっあ゛ーっ! ひうら なにしてんの? なつち え?何の遊び?  まだ手で武器を探っている隆行。動転しつつ、「カウンターの中にヒゲのマスタ ーの死体がある」というのをジェスチュアで伝えようとする岬。 なつち え?なに?ヒゲ? 隆行 (やっとナイフを取り出す)動くなあっ! ひうら・なつち ? 隆行 お、お前も大人しくしろ!(ナイフを岬の顔に押し付ける) ひうら 何なの?急に。 隆行 俺は何もしてないんだ。何もしてない!…と思う。 ひうら ええ? なつち ひーちゃん、カウンターの中になんかあるみたい。(かまわず動き出す) ひうら うん。 隆行 あ… 岬 ちょっと、動かないでよあんたたち! ひうら ああ、だいじょぶだいじょぶ。 岬 僕がどうなってもいいの!? 隆行 そ、そうだぞ! なつち まあ、いいからいいから。  ふたりでカウンターを覗き込む。固まる二人。 ひうら ...なるほどねー。 なつち ふ、ふーん。  一瞬の間をおいて、逃げようと出口にダッシュする二人。先回りしてドアの前に 立つ隆行。 隆行 こうなったらもう仕方がない。知られた以上、ここから生きては出さないから な!! 三人 ......。 隆行 よ、よし、観念しろ。  とは言うものの、及び腰でガタガタに震えている隆行。  一方余裕のひうら、なつち。 なつち あんなこと言ってるよ。 ひうら あんたさあ、自分の立場わかってる?(ポケットからスタンガンを出す) 岬 やっぱスタンガンだったんじゃん。 隆行 え…? ひうら 人質はなしちゃって。3対1じゃない。 隆行 ...ああっ。  驚くべきコンビネーションで隆行からナイフを奪い、取り押さえるひうらとなつ ち。あっという間に勝負がつく。締めに隆行にスタンガンを当てるなつち。が、押さ えていたひうらも一緒にダメージを受けてしまう。拍手する岬。 なつち ご、ごめん、ひーちゃん。 ひうら なっちゃん…。もうちょっと考えてくれたら嬉しい。 なつち わかった。 岬 すごいねえ。 ひうら 最後が余計だけどね。 岬 ごめん、僕見くびってた。いつでも逃げられると思ってた。 なつち あ、そうなんだ。 岬 だからさっき、わざわざ一緒にそっちのこ助けたでしょ。 ひうら そのせつはどうも。 岬 怪我してる人を見捨てておけないもので。 なつち 意外といい人だよね。 岬 一生覚えていて下さい。  のびている隆行がもぞもぞしてうわ言を言う。 ひうら ん?こいつ何か言ってる。 なつち え? ひうら 兄ちゃん…? 3. 雅行と隆行  時間は戻って1時間前。  雅行がいそいそと店を開ける準備をしている。ちょっと嬉しそう。  そこへ隆行が入ってくる。雨の中歩いて来た隆行。傘は持っているもののずぶ濡 れである。  久しぶりの再会を喜ぶ兄弟。「最近どう?」「いやあ、俺なんだかリストラされ ちゃって。兄さんは?」「俺?俺は相変わらずさ。しかし何かここ2、3日肩凝りが ひどくってなあ」等の会話。(全て無音でやる)  カウンターに座って話し始める隆行。雅行はカウンター内。  話しているうち、隆行はおもむろにポケットからピストルを取り出す。「お、な んだよそれ。」「いいだろ。本物だよ」「うそつけ」「本物だってば。俺もう、後は 強盗でもするしかないって思ってさ」「そうか、じゃ俺は身代金でも用意するか。」 「それじゃ誘拐だよ」面白くなりそれらしくカッコをつけて遊ぶ二人。  と、雅行が胸を押さえる。ピストルの引き金をひく隆行。カチッと音がして火が つく。ピストルライターである。しかしその先で雅行が崩れ落ちる。驚いて銃口をみ る隆行。弾が出ているはずはない。一応脈はとってみる。が、ない。後ずさる。呆然 と立ち尽くす隆行。  そこから2の冒頭にもどる。岬が入ってくる。  隆行の体を椅子に縛っていくなつち。ひうらは再びぐったりしている。 岬 ああ…、お兄さん。 隆行 こんなのって無いよ。  岬 あの外の看板の絵はお兄さんだったんだ。 隆行 え? 岬 ヒゲのマスター。ね。 なつち うん。 隆行 ......。(無視してひうらに)信じて。ほんとに何もしてないんだ。 ひうら じゃなんで銃を隠したり死体を隠してたの。 隆行 いや、別に隠してたわけじゃなく。 ひうら 何。 隆行 咄嗟につい、というか… ひうら やましいことがあったからじゃないの? 隆行 違うよ!単にどうしていいかわかんなかっただけで…。 ひうら あたし達のこと殺そうとしたじゃん。 隆行 (ぶんぶん首をふる) なつち ああ、言ってたよね、生きては出さないって。 隆行 あれも、咄嗟に… ひうら 咄嗟に殺されたんじゃたまんないんですけど。 隆行 本当にすみませんでした!! ひうら すみませんよ本当に。 岬 もう許してあげなよ。そんなに怒るとからだに障るよ。 ひうら 許せるか!こいつのせいでまたしびれた。 なつち ごめんね。 岬 いいじゃん、結局殺されそうになったのはこの人だったんだしさ。僕に怪我もな かったんだし。 ひうら あんたが無傷だからって何。 岬 僕は無傷で連れてかなきゃいけないんでしょ。 ひうら ああ…。 なつち そうなんだ? ひうら さあ、知らない。いいんじゃない傷物でも。生きてれば。 岬 ちょっと勘弁してよ。 ひうら 大人しくしてれば何もしないよ。 隆行 あの… なつち ん? 隆行 俺、どうしたらいいのかな? なつち ああ、どうすんの?(ひうらに) ひうら しばらくそうしとこうよ。まだ何するかわかんないし。 隆行 何もしません! ひうら うんうん、でもとりあえず邪魔だからさ。 隆行 ええ… 岬 カウンター裏のあれ(ヒゲ)は!? ひうら ああ…。とりあえずみえないし… 岬 それこそ勘弁してよ。もうあるっていうかいるってわかっちゃったんだから。気 になってしょうがないじゃん。 ひうら もういちいちうるさいなあ。 岬 どっかやって。僕の半径10m以内から追いやって! 隆行 ちょっと待て。俺の兄ちゃんだぞ。 岬 ああ、ごめんなさいね!!僕もうやだこんなとこ。 隆行 兄ちゃんの店だぞ。  ラジオから緊急お天気情報が流れる「昨夜から降り続いている雨は記録的な降雨 量で、この先明日未明まで降り続く見通し。河川の氾濫、土砂崩れなど充分注意して …」 岬 ふざけんな!! 隆行 ああー…、兄ちゃんが腐るー! ひうら うるさい!冷蔵庫にでもしまっとけ。 隆行 そうだ!奥に冷蔵室があるんだ。とりあえず兄ちゃんをそこに… ひうら え?そこに? 隆行 運んで…いただけないでしょうか。…だって(縛られてるし、と目で訴える) ひうら ......。 なつち 冷蔵室って、ここ?(カウンター奥の扉を指す) 隆行 そうそう。 岬 (激しく拍手) なつち ほら、ひーちゃん。 ひうら う…。(岬をみる) 岬 (激しく拒否) 隆行 俺、やりますか? ひうら う… なつち ほら。ひーちゃん、葬儀屋の娘じゃん。慣れてるんでしょ。 岬 へえ、そうなんだ。 ひうら それが嫌でうちを出たのに…。 なつち ひーちゃん。 ひうら もう、わかったよ。  ぶつぶつ文句を言いつつ雅行を運ぶひうら、となつち。 岬 あ…。(携帯をみている)復帰してる!(早速かける) なつち おお! ひうら え、うそ。貸して!(雅行を離してしまう) 隆行 兄ちゃんが! なつち ひーちゃん! 岬 僕の用事が済んでから。ますっち助けて!!  真苗の携帯に繋がる電話。タクシー待ちをしている真苗が浮かび上がる。 真苗 もしもし!お兄ちゃん!? 岬 へ?あ、あれ、ますっち? 真苗 あたし。真苗。待っててね、すぐ助けにいくから。 岬 助け?んん?真苗?えええ? 真苗 大丈夫?変なことされてない?無事? 岬 ...ぶ、ぶ…  電話が途切れる。解放されたように崩れ落ちる岬。雅行を片付け終えたひうらと なつちが戻ってくる。 ひうら ぶ? 岬 (携帯を差し出しつつ)また切れちゃった…。(なつちが受け取る) ひうら あらあら大変ねえ携帯様は。今度は冷やしてでもみるの? なつち (携帯をいじりつつ)バッテリー切れじゃないみたいだよ。画面は出てる。 岬 ...あ。じゃあ、止められたかも。 ひうら 止められた?それは何、料金不払いってこと?あんたほんとに金持ちなの? 岬 たまに忘れちゃうの!誰だってあるでしょ。 ひうら あたしはないからー。 岬 当たり前じゃん、持ってないなら。あんたちょっと黙ってて!! ひうら あ? 岬 黙っててよ!!今考えてんだから。(狂った様に携帯をいじる岬) ひうら なんだその態度。 岬 あ゛ー!!! ひうら なんだこいつ。 岬 ぼ、僕の携帯の宛名の相手のメモリーが… ひうら え?何言ってるか全然わかんない。 岬 じゃなくて、宛名が送信で… なつち 落ち着いていいなよ。 岬 (ひうらのミネラルウォーターを飲む)僕の、携帯の、電話帳、番号が全部妹の 携帯になってる。  たった今切れた電話を握りしめ不敵に笑う真苗。(雨の中でタクシー待ち)銀行 から降ろした金の入った封筒を持って出てくる田鎖。     田鎖 まなちゃん、電話何て?お兄さん無事だった? 真苗 生きてた。 田鎖 そっか。よかったねえ。 真苗 混乱してた。岬…超かわいい! 田鎖 お兄さん? 真苗 そう。 田鎖 ...大丈夫? 真苗 なんで。 田鎖 ううん…。仲いいんだ。 真苗 ううん、すっごく悪いの。お兄ちゃん、あたしのこと大っ嫌いだから。 田鎖 へ、どうして?  以下の真苗のセリフ、岬のセリフと重なる。重なりつつ、場面がCrater Jamに戻 る。 真苗・岬 ロリータの服着せて1週間ほど地下室に閉じ込めて、プリンばっか食べさ せたり、そのために岬(僕)の持ってた服全部捨てたり、岬(僕)の稼ぎを全部ロリ ータの化粧品や衣裳代に注ぎ込んだり、食べ物に睡眠薬を混ぜて眠ってる間に街のシ ョーウィンドウに飾ったり… 岬 あげくに最近は職場にまでスパイを送り込んで四六時中見はらせたり! なつち 職場? 岬 占いの館。お向かいのブースのシャングリラ高坂さん。どうもなれなれしく近付 いてくると思ったら…。 ひうら 何が楽しいのその妹。 岬 僕が困るとこ見て  真苗たちはまだ立っている。 真苗 ちょおーかわいい!!あ、タクシー!(退場) 田鎖 あ、ちょっと、まなちゃん…(追い掛けて退場) 岬 そういう奴なの僕の妹! ひうら 意味わかんない。いないよそんな奴。 岬 信じないのは勝手だけど、とにかく存在はしてるの。 なつち 逃げればいいじゃん。 岬 そんなことしたらどんな目にあうか! ひうら 大袈裟な。 岬 お願い!僕を連れ出して!! ひうら なんで。 岬 妹がこっちに向かってる。早くしなきゃ。森谷さんのとこでもどこでもいいから さ。 ひうら そんなこと言ったって… 岬 これはいい機会なんだよ。誘拐だもん、僕の意志じゃないんだもん。 ひうら だから妙にすんなりついて来てたのか。 なつち いや、でもさ、車は無いし、電話も無いし、この雨だし。 岬 ...だよね。 ひうら そうだあんた、ここまでどうやって来たの? 隆行 徒歩。 ひうら 徒歩!? 隆行 車売っちゃったもんだから…。 3人 ああ…。 隆行 でも、あの、考えがあるんだけど。  タクシーの中。後部座席に真苗とカバンを持った田鎖。運転手はいるが、姿は見 えない。何を言ってるかもわからないが、以下は「運転手」のセリフの様なことを言 っている。ワイパーが動く音だけがする。間のもたない田鎖。 田鎖 すごい雨だねえ。 真苗 ......。 運転手 記録的な大雨になるそうですよ。 田鎖 あ、そうなんですか。 運転手 大変ですね、こんな日にこんな辺鄙なとこに…。 真苗 (うるさそうに運転手を睨んでいる) 田鎖 ええ、まあ。 運転手 あの、お連れさん大丈夫ですか?さっきから…。 田鎖 え?(真苗が石を握りしめているのに気付く)あ…、ま、まなちゃん、しまっ て。ね。すみません。 運転手 いえ…。 田鎖 ごめんなさい。  しばらく無言の車中。  と、運転手が路肩で手をあげている人陰に気付く。 運転手 あれ?…うわー、こんな雨ん中で…。 田鎖 え? 運転手 すみません、お客さん、停まっていいですか? 田鎖 え?あ、はあ。  タクシーを停める運転手。人陰はなつちである。 なつち すみませーん、よかったー。あれ?お客さん乗ってんの? 運転手 そうなんですよ。(真苗たちに)相乗り、よろしいですかね。 真苗 (石を取り出そうとバッグを探る) 田鎖 ま、まなちゃん。(運転手に)どうぞどうぞ。かまいませんから。 運転手 申し訳ありません。有り難うございます。お客さんも、よろしいですか。 なつち いい、いい。早く乗せて。  なつちを乗せて走り出すタクシー。 なつち この先のね、「クレーター・ジャム」って喫茶店に他にもまだ乗る人がいる んだけど…。 田鎖 あ、わたしたち、その喫茶店までなんで。 なつち あ、それじゃよかった。  しばし無言になるタクシー内。 なつち ...ん?(後ろの田鎖と真苗を見て)いやいやいや…。    暗転 4. Crater Jamの攻防  雅行の服を着ている岬。上着にひうらたちの着ていた米屋の服も着ている。縄は ほどかれているが、そわそわしている隆行。考え込んでいるひうら。 岬 ねえ、ほんとにこんなのうまくいくの? 隆行 わからない。わからないけど、やってみる価値はあると思わないか。 岬 ...どうだろう。 ひうら すぐばれちゃうんじゃない。 岬 そう思うと、時間のムダって気もするし。 隆行 時間稼ぎにはなる。 岬 そう…かなあ。 ひうら まあ、なっちゃんがさっさとタクシーを捕まえてくれるのを祈るしかないよ ね。 隆行 きっと大丈夫。 岬 万一、先に妹が来ちゃったらどうすんの。 隆行 あっ…。 岬 あっ、て。 隆行 考えてなかった…。 岬 ちょっと。 ひうら ほらー、計画倒れ。 隆行 俺がうまいこと言って、なんとかするよ。 岬 もういいよ、諦める。気持ちは嬉しかったから。 隆行 簡単に諦めるなよ。 岬 いいの。どうせ元の生活に戻るだけだから。 隆行 そんな、試してみるだけでも… 岬 あのさ、なんでそんなに協力してくれるの?なんかあんたにメリットある? 隆行 いや、それは…。 岬 言えないの? 隆行 ...だってさ、俺今金に困ってるからさ、兄ちゃんがこんなことになったら疑わ れるのはやっぱ俺だろ? ひうら わかんないじゃん、正直に話せば? 隆行 信じてもらえる自信ない…。 ひうら ネガティブな。 隆行 ピストル持ってたのは事実だし、脅す気だったんだろうとか言われたらさ。 岬 そのつもりだったの? 隆行 そんなわけないだろ。でも信じてもらえるかは… 岬 自信ないんだ。 隆行 だからいっそいなかったことにしたいんだよ。俺は今日ここには来なかった。 一緒に連れてってね。街まででいいから。 ひうら 何か気が進まない。 隆行 そんなこと言わないでさあ。そのために知恵も出すんじゃない。 ひうら だからあれは無理だって。 隆行 やってみなきゃわかんないだろ!? ひうら 失敗するに決まってるよ。あんたの兄さんをこいつの死体にしたてて逃げる だなんてさ。そもそも体形全然違うし。 隆行 もちろん、このままじゃバレるだろう。しかし、焼死体だったら? ひうら え? 岬 ...焼くの? 隆行 (頷く)店ごと。岬君…だっけ、君の最後の消息はこの店だ。そしてここが火 事になり、焼死体が発見され、それが君の衣服を身に付けていたら? ひうら ああ、なるほど…。 隆行 最終的にうちの兄さんの死体とわかっても、それまで君は逃げる時間を稼げる。 ひうら へえー、頭いい。 岬 ...そんなことしたら僕が殺人放火の容疑者になっちゃうでしょ!? ひうら え? 岬 いい?店が焼けて、焼死体が発見されて、それが行方不明の僕の服を着せられて たら、普通どう考える? 二人 ...ああっ。 岬 あんたらバカ! 二人 バカじゃないもん! 岬 バカでなきゃなんだ!?もういい、話をきいただけ僕がバカだった。    外で車の停まる音がする。 ひうら なっちゃんだ。タクシー捕まえたんだ。 岬 よかった。とりあえずこれ以上バカな計画には巻き込まれないで済む。  店に入ってくるなつち。なんとなく顔色が冴えない。 ひうら おかえり。 なつち ......。 岬 どしたの? なつち あのさ、岬ちゃんの妹って、真苗って名前? 岬 うん。…あれ?教えたっけ? なつち (くびを振る)  なつちと見つめ合ううち、本能的に危険を察し、カウンターの中に飛び込む岬。 それとほぼ同時に店に入ってくる真苗と田鎖。鋭い視線で店内を見回す真苗。うしろ では田鎖が重そうにカバンを抱えている。外で車の走り去る音がする。しかし真苗た ちが来たことに気を取られて気付かないひうら。 隆行 い、いらっしゃいませ。何名様ですか? 真苗 メニューください。  一応愛想笑いをしつつ、二人と指で示す田鎖。田鎖と目が合いどきりとして照れ 笑いする隆行。一目惚れとまではいかないが、好みのタイプらしい。 真苗 なんですか? 隆行 お席に御案内いたします。 真苗 (隆行をまじまじと見て)…ヒゲはそっちゃんたんだ。 隆行 は?あ、はい…。 真苗 ここに、あたしの兄がいたはずなんですけど。 隆行 お、お兄さん? 真苗 歳は27歳、背はこのくらい。占い師。拉致されて来たので凶悪犯も一緒にいた はず。これ、イメージ画。(スケッチブックを開く) 隆行 ...さあ。 真苗 (小さく舌打ち)ねえ(なつちに)、他にタクシーに乗るお友達って? なつち ああ、この人…。(ひうらを指す) 真苗 悪いけど車返しちゃったから。 なつち ええっ? 真苗 ここにいる人全員が容疑者なわけだし。 田鎖 えええっ? 真苗 違った。関係者。 田鎖 だ、だよね。ああ、びっくりした…。 ひうら ちょっとあんた、何の権利があってそんなことすんの。 真苗 言ったでしょ。わたしのお兄ちゃんが誘拐されたの。緊急事態なの。こういう のに協力するのは市民の義務でしょ。 ひうら 義務? なつち さあ…。らしいよ…。 ひうら とにかく、あたしたちには、関係無いから。 真苗 ほんとにそう言える? ひうら 関係ありません。 真苗 寝つけなくなるわよ。 ひうら は? 真苗 あなたは、こうして助けを求める人がいるのに、無視して通り過ぎたことを今 晩から毎晩の様に思い出すようになる。今は何とも思わなくても、後からじわじわと 後悔の念が押し寄せて来て、「ああ、あのとき微力ながらも協力しておけば、あの事 件はもう少し早く解決していたかもしれない…。」そして最悪の結末になりにでもし たらその責任の一端は自分にもあるんじゃないかと罪の意識に苛まれて毎晩のように 悪夢にうなされ… ひうら なっちゃあん!! なつち ね?ね?あたしもこの手でここまでの道案内を…。 真苗 協力してもらえるよね。 ひうら くうっ…。  しばし睨み合う二人。何となくひうらが負けている。 田鎖 あ、あの、タクシーを勝手に返しちゃったことは謝ります。ごめんなさい。で も、大好きなお兄さんがこんなことになって、この子もすごく心配してるんです。そ うは見えないかもしれないけど。別に無理にとは言わないから、知っていることを教 えてもらえるだけでも… 隆行 はい!よろこんで。 ひうら・岬 バカ!!  カウンターの中から叫んでいた岬。一瞬変な気がして周りを見回す真苗と田鎖。 隆行を端につれていくひうら。 ひうら いきなり寝返らないでよ。 隆行 いやいや、気のせい気のせい。 真苗 ちょっとー 隆行 はーい只今。行かなきゃ。 ひうら ちょっと待て。 隆行 だって呼んでる。 ひうら いいから待て。いい?変な真似しないでよね。あの一緒にいる女、ひょっと したら… 隆行 ...私服刑事!? ひうら かもしれない。警察に知らせててもおかしくはないもんね。 隆行 女刑事かあ…。 ひうら 何その憧憬の目は。 隆行 気のせい気のせい。 真苗 メニュー!! 隆行 はーい只今。 ひうら くれぐれも余計なことは喋るなよ。警察に知られたくないのはお互い様なん だからさ。 隆行 ああ…。 ひうら 何? 隆行 あの人なら、分かってくれるかもしれない…。 ひうら (スタンガンをちらつかす)ばかなこと考えないでよね。 隆行 じょ、冗談だよう。  隆行が行きかけると、しびれを切らした真苗が石を投げようとしてるのが目に入 る。寸でのところで止める田鎖。若干騒然とする店内。 田鎖 (真苗の振りかぶった手を抑えたまま)マスターさん…っ、早く! 隆行 は、はい!もうしわけございませんでしたあっ!  カウンターの中をがさごそ探そうとする隆行。用意良く岬が見付けて手渡す。 隆行 こちらになります! 真苗 (一瞥して)マンデリンとチキンサンド。ヤスッチは? 田鎖 ええと…、それじゃ、ココア。 真苗 何か食べるといいよ。 田鎖 あ、あたしはいいよ。何かまた手術の痕がひくひく言っちゃってて食欲が… 真苗 それじゃあたし、一人で食べ物頼んで、可哀想な子みたいじゃない。お腹空か せてこんな店のパサパサチキンサンド奢ってもらって喜んでるみじめな人みたいじゃ ない。そういう負い目を感じさせずに奢るのが大人の奢り方でしょ。 田鎖 ...またあたしの奢りなんだ。 真苗 (きいてない)違う!? 田鎖 同じもの、もう一つ。(愛想笑い) 隆行 よろこんで!(メニュー表に書き付けて颯爽と去る) 真苗 こういう事件は最後は体力勝負になるの。食事と睡眠は義務だよ。 田鎖 う、うん。わかった…。  戻ってくる隆行を冷ややかな視線で迎えるひうらとなつち。 なつち マスター、あたしのフレンチ・トースト。 隆行 はい、よろこんで。 なつち いつ出てくんの? ひうら そもそもつくれんの? 隆行 ...しまった、今完全にマスターの気分だった。何でも作れる気がしてた。 ひうら どうすんの? 岬 いいよ、簡単なのなら僕がつくるから。ふりだけしして。 なつち すごい。 隆行 ありがとう岬ちゃん。 岬 とにかく、怪しまれないで。そんで、向こうが諦めて出てってくれるのを待つこ とにしよう。 隆行 わかった。 ひうら なんであんたが采配振るってんの。 岬 ひーちゃんが意外と役立たずだから。  カウンターに入り料理のフリを始める隆行。  一方、携帯を取り出して岬にかける真苗。が、当然繋がらない。真苗の携帯を見 て、色めきたつひうらたち。 田鎖 どう? 真苗 繋がらない。 田鎖 あれから何の連絡もないよね。どうしちゃったんだろう。 真苗 (隆行に)ねえ、ちょっと。あたしに何か伝言預かってない? 隆行 伝言、ですか?(ちらと足下の岬をみる) 岬 (なし!なし!) 隆行 ございません。 田鎖 何かの間違いだったのかな。 真苗 ヤスッチがきいたんでしょ、ここの喫茶店だって。 田鎖 そうなんだけど…。 隆行 あ、あの。  「バカ、余計なことするな」と慌てるひうらたち。 隆行 そちらの方の言う通り、何かの間違いではないでしょうか?本日当店には占い 師のお客様は一人もお見えになってないと… 真苗 なんで占い師って知ってるの? 隆行 あっ…、それは、いえ… ひ・な・岬   (ほらみろ怪しまれちゃうじゃんばかばかばかばか!) 田鎖 さっきまなちゃんが言ったんじゃない。 真苗 言ったっけ。 田鎖 うん、スケッチブックの絵みせた時に。ねえ。 隆行 はいい! 真苗 そっか。 なつち セーフ…。 ひうら 余計なことすんな!! 岬 お願いだから。 隆行 うん。ごめん…。でもさ ひうら 何。 隆行 今、あの人咄嗟にかばってくれたよ。ひょっとして味方なんじゃないかなあ。 3人 は? 隆行 俺、お冷や出してくるねえ。  るるるとした足取りで真苗たちのテーブルに向かう隆行。 田鎖 すみません、注文変えてもいいですか? 隆行 は、はい。 田鎖 もうちょっとあっさりめのがいいかなあって…  走ってメニューを取りに行き田鎖に手渡す隆行。 隆行 ごゆっくり、お選び下さい。 田鎖 ...どうも。  うきうきと隆行がカウンターに戻ると、ひうらとなつちが真苗の携帯を奪う相談 をしている。 隆行 何何?何の相談? ひうら あっち行っててよ、頼むから。 なつち (岬ちゃんの)お手伝いしてあげて。 隆行 いいじゃん、ちょっとくらい。教えてよ。 ひうら なんでそんな脳天気なんだ。 真苗 ききたいんだけど。  いつの間にか隆行の後ろに来ていた真苗。驚いてすぐカウンターに入る隆行。 ひうら ...何。 真苗 あなたたちは?あなたたちは何でここにいるの? なつち 何でって、別に…。 ひうら コ、コーヒー飲みたくなったから。いけない? 真苗 表に壊れた車があったんだけど、あなたたちの? ひうら う、ま、まあね。 真苗 中に破れたお米袋と、こんなのが落ちてたんだけど(スタンガンを取り出す) ひうら あ。 真苗 あなたの? ひうら ......。 真苗 趣味? ひうら 拾ってくれてありがとう。返してくれる?  真苗、返すと思いきや、やおらスタンガンを傍のなつちに当てる。 ひ・な・隆 !! なつち ...あれ?(なんともない) 真苗 なんだ。壊れてる。危なかったね。  スタンガンをひうらに渡し、何ごともなかったかの様にテーブルに戻る真苗。テ ーブルでは田鎖がメニューを見てまだ悩んでいる。今のやりとりは田鎖には見えてな い。 田鎖 ?どうしたの? 真苗 落とし物を届けてあげたの。 田鎖 ああ、さっきの。何だったのあれ。 真苗 スタンガン。 田鎖 ...?ふうん…。  以下のやりとり、スタートは重なる。 なつち ひーちゃあん!! ひうら 大丈夫!? なつち こわかったよう。まだどきどきしてるよう。 岬 (カウンターの端の下から顔だけ出し)わかった?わかった?ああいう奴なの! 田鎖 すみませーん。 隆行 あ、はい。 田鎖 ドリア。“マスターの気まぐれドリア”お願いします。 隆行 よろこんで!ドリア、ワン、プリーズ! ひ・な・岬 ......。 隆行 (カウンター側三人の反応に、自分の間違いに気付く)!! 田鎖 奥に誰かいるんですか? ひうら い、イエス!サンキュー、マスター!!(あわててカウンターに入る。訝し 気な真苗の視線に気付き)…し、知り合いなのマスターとは!時々こうやって手伝っ てんの。ね。 隆行 そうなんです。 真苗 ふうん。 岬 ドリア〜? なつち あっさりめ…? ひうら あの女もなんかおかしい。 田鎖 いやー、なんかメニュー見てたら目移りしちゃって。お腹減って来ちゃった。 真苗 ヤスッチ状況わかってる? 田鎖 あ…、ごめんなさい。 なつち マスター、トイレどこ? 隆行 えーと、あっち。  トイレに消えるなつちの背中に鋭い視線を向ける真苗。携帯を持って立ち上がり、 うろうろし出す。アンテナの感度を確かめているのだ。 真苗 ...ここ、電波悪い。 隆行 ああ、申し訳ございません。何分山奥ですし…。 真苗 ちょっと外行ってくる。 田鎖 そこの電話借りたら? 隆行 あ、これはちょっと今故障中でして…。 田鎖 そうなんですか。 真苗 じゃ。 田鎖 あたしの傘使って(と言うまでもなく、真苗は田鎖の傘を手にとっている)… 。    店を出ていく真苗。  一人になるとやっぱり間がもたずきょろきょろしている田鎖。それを気にかける 隆行。目が合うとつい愛想笑いしてしまう田鎖。しかし飽くまで愛想笑い。 ひうら さっきから何にやにやしてんの。 隆行 ......。 ひうら きいてんの?きょろきょろしてないで手動かしなよ。 隆行 あのさ、彼女、どう思う? ひうら どうって? 隆行 さっきから俺の方ちらちら見てるんだ。 ひうら ...お冷やがきれたんじゃないの? 隆行 そうじゃなくて、何か熱い視線を感じるっていうかさ。 ひうら は? 隆行 何度も俺に微笑みかけてくれるし、あっ…、ほら今も。 ひうら え?そう? 隆行 さっきだって俺と話したくて無理に注文変えたんじゃないか? ひうら・岬 ばっかじゃないの!? 田鎖 すみませーん。 隆行 ほら。はい! 田鎖 灰皿あります? 隆行 はい、只今。  隆行、灰皿と店のマッチを持って行く。隆行の好意満面の態度に少しひく田鎖。 田鎖 ...どうも。すみません。 隆行 御用の際はなんなりと。 田鎖 はあ。 ひうら ひいてんじゃん。 隆行 (きいてない)煙草吸うんだ…。絵になるなあ。でもなあ、元気な赤ちゃん産 むにはなあ、やめてもらわないとなあ…。 ひうら 妄想が先走りすぎている。  と、トイレの方が騒然とし、洗いかけの手を振りつつなつちが飛び出てくる。 なつち あ゛ーっあ゛ーっあ゛ーっ!! ひうら どしたのなっちゃん!? なつち トイレの窓に、窓に、人影が… 田鎖 なんだ、それならまなちゃんです。さっき外に出てったから… なつち その人影が、窓を外がわから打ち付けて、ふっ、塞がれて… ひうら ええ?(見に行く)…ほんとだ。  外から戻ってくる真苗。 真苗 外も電波悪かった。…なに? ひうら なっ、なんでトイレの窓塞ぐの!? 真苗 いけない? ひうら いや、いけなかないかもしれないけど、やっぱひとんちを勝手に… 隆行 そ、そうだ。困りますよお客さん! 真苗 こっそり逃げようたって、そうはいかないんだから! ひうら (その手があったか) なつち トイレの窓からなんて逃げないもん! 真苗 あんたたちならやりかねない。内側からも補強しなきゃ。ヤスッチ、手伝って。 田鎖 え?う、うん。  トイレに向かう真苗と田鎖。と同時にカウンターから飛び出てくる岬。何故かい ろいろなパーティーグッズで変装している。 岬 み、みんな早く! なつち 岬ちゃん?なんでそんな格好してんの? 岬 万一見つかった時のためにと思って、変装。 ひうら さっきから何やってんのかと思った。 隆行 全く、どっからそんなもん… 岬 カウンターの中にいっぱいあったよ。そんなこといいから、い、今だ! なつち へ? 岬 こういうとこがあいつ間抜けなの。正面玄関から逃げられるじゃん! ひ・な ああっ。 隆行 お、俺は残る! ひうら あ? 隆行 ヤスッチさんを置いてはいけない…。 ひうら うんうん、勝手にすれば。  出口へ駆け寄る3人。と、何故か田鎖が戻ってくる。 田鎖 すみませーん。なんかペンチみたいのってあります?  ぎくりと立ち止まる3人。岬がウエストポーチからペンチを出す。(他の脱出グ ッズも入っていた)ひうら、なつち、隆行と手渡しされ、田鎖に。 田鎖 ありがとう。お借りしまーす。(去る)まなちゃーん、あったよー。 ひうら 今だ!  あっという間に戻ってくる田鎖。空回りする3人。 田鎖 ごめんなさい。何かわたし見張り役になっちゃって…。 ひうら え…。 田鎖 こっちから逃げないようにって。気を悪くしないで下さいね。別にわたしは皆 さんのこと、疑ってるわけじゃないんですけど、まなちゃんの気持ちを考えるとやっ ぱり協力してあげたくて…。あの、申し訳ないんですけど、もう少し、おつき合いい ただけないですか? 隆行 (拍手)  諦めてのろのろ元の場所に戻る3人。と、当然だが、見慣れない人影(岬)を見 つける田鎖。 田鎖 あら、そちらの方は…? 岬 あ、ぼ、僕は… 田鎖 ? 岬 ...流しの唄芸人、カフカ・謡太郎でございまーす! 隆行 そ、そうですそうです。よく営業に来ていただいてるんです。 田鎖 あ、それはどうも。…いつもそんな格好なんですか? 岬 今日は特別でございまーす。 田鎖 何かあるんだ? 岬 き、今日は、マスターのお誕生日、サプライズパーティーだからでございまーす!  やけくその岬、カウンターの中で見付けた横断幕をひうらたちに投げる。開いて みる二人。「ハッピー・バースデー!たかゆき!!」と書いてある。 隆行 ああー!! ひ・な お、おめでとーっ!マスター!! 田鎖 それは、おめでとうございます。 隆行 ありがとうございます…、うっ…。(涙を堪えきれない)  岬の音頭で「ハッピー・バースデー」を歌う一同。「Dear.たかゆき」のところは ひうら、なつち、岬、横断幕をさり気なく見て確かめつつ歌う。 と、トイレから真苗が出てくる。咄嗟に隠れる岬。 真苗 うるさい!集中できない。(去る) 田鎖 ご、ごめんなさい。  一時静まる店内。と、急に奇声を発しつつ、冷蔵室に入って行く隆行。 隆行 うわあああああ、兄ちゃーん!! ひうら ま、マスター!! 田鎖 どうしたんですか?急に。 なつち 感動…して? 岬 そ、そう。感動すると、冷蔵室に駆け込む癖があるんでございまーす。 田鎖 皆さん、仲およろしいんですね。 岬 恐縮でございまーす。  ひとしきり泣き声が聞こえた後、よろよろと戻ってくる隆行。出てすぐ、カウン ターの内側に置いてあるピストル(ライター)が目に入り、手に取ると、こめかみに もっていく隆行。わっと止めるひうらとなつち。 隆行 死なせてくれー!俺なんか生きてたってしょうがないんだ!! なつち こんなんでどうやって死ぬ気!? 隆行 そりゃそうなんだけどー! ひうら 落ち着けとにかく!!  揉み合う3人。おろおろと見ている岬と田鎖。 田鎖 ど、どうしたんですか?どうしてあんな物が? 岬 さ、さあ…。 田鎖 本物? 岬 いや、さあ…。  やっと取り押さえられた隆行。ふと田鎖と目が合う。 隆行 や、ヤスッチさん。 田鎖 ......。 隆行 俺はダメな人間で、何から説明していいかわからないけど、でも、でも、こん なことになるなんて思わなかった。俺ほんとにそんなつもりなんてなかったんです。 信じて下さい。俺、死なせる気なんてなかったんです!! ひうら ばっ…。(口を塞ぐ) 田鎖 え…?今、何て?死なせる…? 3人 い、いやいやいやいや…  はっと何かに気が付く田鎖。止める間もなく、奥の冷蔵室を開けて見てしまう。 田鎖 こ、この人、お兄さん? 隆行 そう…俺の… 田鎖 まなちゃんの!? 隆行 え…  作業を終えて戻ってくる真苗。隠れる岬。真苗に気付いて扉を閉める田鎖。 真苗 何? 田鎖 まなちゃんは見ちゃダメー!! ひうら そ、そうだ。見ない方がいい! なつち うん、絶対見ない方がいいよ!  ひうらとなつち、真苗にぐいぐい迫って行き元のトイレに押し込めてしまう。中 からだんだんと戸を叩く真苗。バリケードを築くひうらとなつち。 田鎖 あなたが犯人だったなんて… 隆行 (ぶんぶんと首をふる) 田鎖 今自分でそう言ったじゃない! 岬 マスター、もう観念しなよ。 ひうら あたしらももう隠せないよ。 隆行 おい!お前ら! 田鎖 どうして?どうしてこんなことしてしまったんですか!? 隆行 いや、こんなことも何も、俺はその件に関しては全く… 田鎖 しらばっくれないで!こんなものまで持って!(ピストルを手に取る) 隆行 そ、それはただの… 田鎖 お金だって用意してきてたのに。別にこっちは拒否しなかったでしょう? ひうら え?それじゃこれ、(田鎖の持ってたバッグ)身代金が入ってるの? 田鎖 さすがに3億は用意できなかったけど…。  慌ててバッグを開けてみるひうら。札束がぎっしり詰まっている。 ひうら す、すごい…。3千万はあるよ。 なつち これだけあれば、ひーちゃんいっぱい携帯買えるね。 ひうら 携帯だけじゃないよ。スタンガンの最新モデルSKT-4700だって… 岬 だからもっと他のことに遣いなって。…あれ?  札束を手にとってみた岬。束の端だけが万札で、偽物の札束である。 岬 なんだこれ、中身は新聞紙じゃん。 田鎖 さすがに3千万も無理で…。だってあたしの口座、60万しか入ってなかったか ら。 隆行 ヤスッチさんのお金!? 田鎖 はい。 ひうら ほんとにあんたんち金持ちなの!? 岬 ほんとだってば。でもそういうやつなの、あいつが。 田鎖 え? ひ・岬 いやいやいやいや…。 田鎖 とにかく、こうなってしまった以上、罪は罪です。マスター、充分に償って下 さい。残されたまなちゃんのためにも。 隆行 だ、だから俺は… 田鎖 他に、共犯の方は?  一同首を振る。 ひうら 脅されてました。 なつち 喋ったら殺すとかって。 岬 黙っててごめんなさい。 隆行 嘘だー 田鎖 わかりました。それじゃ、警察が来るまで、マスターを皆で見張りましょう。 ひうら み、みんなで? なつち 手錠とかはめとくんじゃダメ? 田鎖 どこかにあるんですか? なつち 持ってないの? 田鎖 あたし?どうして? ひうら え?あの、ヤスッチさんは、警察の人じゃないの? 田鎖 違いますけど…。 岬 じゃ、誰!? 田鎖 まなちゃんの職場の同僚です。 ひうら 同僚がなんでまたこんなとこに… 田鎖 あたしも細かくは説明できないんですけど…、何か気が付いたらここにってい う感じで…。 岬 ああ、でもなんとなくわかる。 ひうら あたしもなんかわかってきた。 田鎖 え? 岬 いいえ、なんでも。  通報しに電話を取りに行く田鎖。 ひうら (隆行を縛りながら)よかったじゃん。ほぼ最初の計画通りだよ。 隆行 俺が犯人だなんて計画は無い! 岬 マスターの犠牲は無駄にはしないからね。 隆行 裏切り者〜 ひうら 森谷さんの用が済んだら証言しに名乗り出てあげるから。 なつち それまでがんばってね。 岬 僕は期待しないでね。 隆行 無責任すぎないか?お前ら。  電話をかけている田鎖。なんだかもじもじしている。 ひうら どうしました? 田鎖 圏外で、繋がらないんです。 なつち あ、ピッチ? 田鎖 ええ。まなちゃんの借りようかな。 岬 え? 田鎖 まなちゃーん、悪いんだけど携帯貸してくれない?  返事の帰ってこないトイレ。 田鎖 まなちゃん?  不安を感じトイレのバリケードを取りはじめる田鎖。 岬 ちょっと、何すんですか。 田鎖 だって、返事が…、中で具合でも悪くなってるのかもしれない。 岬 おなかでも痛いんですよきっと。 なつち そうそう、がんばってるのかも。 田鎖 だったらいいんですけど…。まなちゃーん?  田鎖がバリケードを取り払うと同時に元に戻す岬。バリケードに埋められる田鎖。 田鎖 何してるんですか? 岬 いやいやいやいや…。  その場を離れる岬。ドアをノックする田鎖。やはり返事はない。 田鎖  開けるよ?  田鎖がドアを開けるのと同時に岬は出口へ。そこへずぶ濡れの真苗が飛び込んで くる。トイレから密かに脱出していたのだ。 真苗 お兄ちゃん!! 岬 か、カフカ・謡太郎でございまあーす! 田鎖 お兄ちゃん!?  そう言いつつも逃げ回る岬。追い掛ける真苗。周りの人間は手がつけられないで いる。カウンターに逃げ込む岬。そこで膠着状態。 真苗 お兄ちゃん!どうして逃げるの? 岬 そ、それはカフカ・謡太郎でございますから。 真苗 何わけわかんないこと言ってるの。迎えにきたんだよ。一緒に帰ろう。 岬 ちょっと、何黙って見てるの!?僕に用があるんでしょ? ひうら あ、そうだった。 真苗 誰が? 岬 そこの二人。  ひうらとなつちを見るために振り返る真苗に水をかける岬。ひるんだすきに、再 びすばらしいコンビネーションで真苗を取り押さえるひうらとなつち。締めになつち が真苗にスタンガンを当てるが、お約束の様に一緒に感電するひうら。 田鎖 まなちゃん! ひうら 大丈夫。気絶してるだけだから。 なつち ごめんひーちゃん。 ひうら あたしも大丈夫。なんか3回目ともなると、慣れて来た。 岬 はやくどっかに固定しないと。 なつち 固定? ひうら ああ、縛れってこと? 岬 僕と一緒でスタンガンとかあんまし効かないの。はやくしないと目をさましちゃ うから。 ひうら ほんとにものすご怯えてるねあんた。 岬 ひーちゃんこいつの恐ろしさしらないから。こんな目にあって、正気に戻ったら 何するかわかんないんだよ。 ひうら わかったわかった。  真苗をそのへんの椅子に縛り付けようとするひうらたち。 田鎖 ちょ、ちょっと、何するんですか。 ひうら 何って、見ての通りですけど。 なつち 固定固定。 田鎖 やめて下さい。まなちゃんが、何したっていうんですか。 なつち ...まあ、確かに何したってわけでもないんだけど。 ひうら 強いてあげれば、トイレの窓壊したってことくらいか。 隆行 あ〜!!兄ちゃんの店なのに… 岬 ひーちゃんなっちゃん、早く!! 田鎖 待ってください!!  バリケードから強引に抜け出てくる田鎖。 田鎖 あなたは誰なんですか? 岬 カフカ・謡太郎でございます。 田鎖 まなちゃんのお兄さん? 岬 ......。  急激に思い出す田鎖。真苗のスケッチブックを開く。その中はさっきのイメージ 画の他にも岬の姿を描いた絵でいっぱい。横から覗き込むひうらとなつち。 なつち うわ。何これ。 田鎖 あなたなのね? 岬 あっ…、それ双児の兄で…。 ひうら どっちみち兄妹だって。 田鎖 あなたなのね? 岬 ...本宮岬と申します。妹が大変お世話になりました様で。 田鎖 い、いえこちらこそ。 岬 ......。 田鎖 ......。 ひうら あの、大丈夫ですか?ヤスッチさん。事態、飲み込めます? 田鎖 質問があるんですけど…。 ひうら はい。 田鎖 3億っていうのは…? 岬 ごめんなさい、それ、僕の口からでまかせ。 田鎖 ...もう一ついいですか? ひうら はい。 田鎖 冷蔵庫のあの方は…? ひうら 彼(隆行)のお兄さんです。 田鎖 あ、そうだったんですか。 隆行 そうなんです…。 田鎖 そうとは知らずすみません。早くおっしゃって下さればよかったのに…。 隆行 い、いや、言ってはいたんですけど…。 田鎖 ......。 隆行 あの、どうか? 田鎖 触らないで人殺し! 隆行 ええ… 田鎖 実の兄を殺すなんて!! 隆行 そんなつもりは無かったんです! 田鎖 つもりはなくても結果は同じです。 隆行 そんな…。 田鎖 こうなってしまった以上罪は罪でしょう。充分に償って下さい。お兄さんのた めにも。 隆行 訳を、訳をきいてください。 田鎖 わたしじゃなく、警察にどうぞ。 ひうら ...ねえ、さっきあんたさ、本宮って言った? 岬 うん。本宮岬。 なつち あ、そうか! ひうら うん。間違いないよね。 岬 え?なにが。 ひうら フリーター仲間の間で有名なんだよね。「職場つぶしの本宮真苗」 岬 ああ…。 田鎖 職場つぶし!? なつち 入った職場の人間関係をまっぷたつにして、滅茶苦茶にしていなくなるの。 ひうら 通ったあとは草木1本生えないとまで言われる… ひ・な 職場つぶし 田鎖 まなちゃんが…?ほんとに? なつち 有名だよね。 ひうら うん。 岬 こいつのもう一つの趣味なの。 田鎖 じゃあ、三尾さんたちがいってた「まなちゃんがまなちゃんが…」っていう噂 話は冗談じゃなくて…。 なつち ああ、なんかもう始まってるんだ。 ひうら どんな話? 田鎖 確か…、まなちゃんが来てから職場の雰囲気が変わったとか、まなちゃんが来 てから店長が妙なテンションだとか… 岬 相当実力を発揮してるころだよ。 ひうら あれ、同じ職場なんでしょ? 田鎖 あたししばらく盲腸で入院してて…。 岬 ああ、可哀想…。 なつち 大変ですねー。 田鎖 ええ…?    頭をかかえる田鎖。  一方、ちょっとした間に結局椅子に縛られている真苗。うすぼんやりと目を開け る。 なつち あ…、岬ちゃん、起きたよ。 岬 ......。 真苗 ......。 ひうら せっかく優勢な立場にいるんだし、言いたいこと言えば? 岬 あ、そうか。せっかくだもんね。(考える) 真苗 ...何? 岬 こ、こういうこと、もうやめてください。(携帯を出す) 真苗 でも、そのお蔭で助けに来てあげられたんだよ。 岬 そうなんですけど…。 ひうら なんで妹に敬語使ってんの。 岬 わかんない。いつからかこうなっちゃった。 真苗 せっかく夕べ一晩かけたのに。 岬 いや、そういう問題ではなく。 真苗 ねえ、あなたたち、岬に何の用なの? なつち それは…、ねえ。 ひうら 森谷さんが連れてこいっていうから…。 真苗 もりたにさんて? ひうら 派遣バイトで声かけてくれた人。 なつち どっかの社長なんだっけ? ひうら 確か、そう。3日くらい前、この写真を渡されて…(岬の写真を取り出す) 真苗 ......。 岬 あれ? なつち ん? 岬 この写真、折れてない? ひうら ああ、奥にもう一人写ってて紛らわしかったからさ。 岬 ちょっと貸してよ。(写真を手にとりのばしてみる岬。)…シャングリラ高坂さ んだ。 なつち スパイの? 岬 そうそう。あ、こういうのもやめてください。 真苗 ...それ、本当のターゲットはシャングリラだったんじゃないの? 岬 え!? ひうら そんなはずないよ。だってわざわざ岬ちゃんの顔に印付いてるし。 真苗 ×印。「こいつは違う」ってことでしょ? なつち だって映画とかじゃよく「こいつを殺せ」とかってときに… 岬 僕少なくとも、殺しのターゲットじゃないんでしょ!? なつち あ、そっか。 真苗 それにシャングリラは岬と違って良く当たるって評判の占い師だし。 ひうら ターゲットとしては、おかしくないかも…。 なつち ...人違い? 岬 バカ!! ひうら ...ごめん、バカかも。  がっくりと膝を落とす岬。不敵な笑みを浮かべる真苗。 真苗 用事は済んだよね。 岬 え、あ、いや…。 真苗 帰ろう、お兄ちゃん。 岬 ひーちゃん、なっちゃん… なつち ごめんね岬ちゃん。 ひうら 元気でね。 岬 そんなあ〜 真苗 岬。 岬 ...ひ、一人で帰って下さい。 真苗 え? 岬 僕もう、ご免だから。一緒に生活するの。 なつち 岬ちゃん! ひうら おお!よく言った。 岬 だ、だから、一人でうちに帰って下さい。荷物とか、後で取りに行くけど。もう 帰らないから。  無抵抗と思われた真苗、実はとっくに縄抜けしている。立ち上がり、なつちが持 っていたスタンガンを奪いまずなつちに当てる真苗。 なつち !!(倒れる) ひうら なっちゃん! 田鎖 まなちゃん!  そのまま岬を追い掛け廻す真苗。咄嗟にピストルを手にとる岬。ピストル対スタ ンガンで膠着状態に。 岬 あああああああ。 真苗 岬、一緒にかえろう。もう怒ってないから。 岬 スタンガン突き付けて言う言葉か!? 真苗 帰らないっていうなら、ここで岬を殺してあたしも死ぬー!! 岬 殺されてたまるかー!!ひーちゃん助けて、お願い! 真苗 ひーちゃん!あんた岬のなんなの? ひうら 何なのって言われても… 田鎖 まなちゃん、落ち着いて。 真苗 ヤスッチは黙ってて!    隆行を楯にする岬。何かを耳打ちし隆行の縄を切る。カウンター内で乱闘する 岬と隆行。ぱんぱんっと乾いた音がする。  ゆっくりと隆行が立ち上がる。手にはピストル。 田鎖 マスター?また、あなた…。  おののく田鎖に対し、猛然とカウンターに駆け寄る真苗。岬を引っ張り出す。 使用済みクラッカーを手にしている岬。 岬 ...ばれたか。 真苗 みさきー!! 岬 やめてー!!  今度はカウンター内で岬と真苗が乱闘。スタンガンを振り回す真苗。そのうち、 スタンガンの先が冷蔵庫に当たる。不思議な閃光が走り、一瞬時の止まる店内。  ゆっくりと冷蔵庫の扉が開く。荘厳な衣裳(岬の最初に着ていた服)を身に付け た本当のマスター:雅行がフランケンシュタインの怪物の様に立っている。 隆行 に、兄ちゃん…。 雅行 全て、話はきいていた。人生楽ありゃ苦もあるさ…。隆行、ここで一緒にやっ ていこう。二人っきりの兄弟じゃないか…。  あわあわしている岬。雅行、近くにいる真苗の肩に手を置く。悲鳴をあげる真苗 と田鎖。唖然と見ているひうら、なつち、岬。 隆行 ああ…、天に昇る前に挨拶に出てくれたんだね…。ごめんね、兄ちゃん。あり がとう、兄ちゃん! 雅行 (首を振る) ひうら ち、違う!生きてるって!  真苗の肩に手を置いたまま、ゆっくりと倒れ込む雅行。再び真苗、田鎖の悲鳴が あがる。 岬 あ゛ーっ!!もういやーっ! ひうら 救急車!救急車! 隆行 おかえり兄ちゃん!  暗転 5. その後  Crater Jamの臨時店長として働きはじめた隆行。(雅行は入院している)マスタ ー然として店内を掃除している。 隆行 ヤスッチさん、その後、いかがお過ごしですか?僕は、兄の入院中、Crater J amの臨時店長としてお店をきりもりすることになりました。経験は少ないですが、お 客も少ないので今のところ何とかなっています。そちらの、帰った後の職場の様子は どうですか?きくところによると、真苗ちゃんはそちらのお店は辞めてしまったとか。  満員電車の中の田鎖が浮かび上がる。すこし離れた席に、おおきなスケッチブッ クをもった真苗が座っている。 隆行 岬君、ひーちゃん、なっちゃんはどうしてるでしょう。岬君はちゃんとお家を 出られたのでしょうか。あの二人は本当のターゲットを無事拉致することができたの でしょうか。何か御存知でしたらお知らせ下さい。 あなたのことが忘れられません。もしかして運命なんじゃないかと、僕は思ってい ます。これで10通目のお手紙です。お忙しいとは思いますが、お返事下さい。(よ よよと情けなく泣き崩れる。) 降って湧いた災難のような事件でしたが、今はむしろ懐かしく思えます。結局、僕 に残されたのは作りかけのドリアとつかいものにならないスタンガンだけ…。(素に 戻る)あ…、これのことか…。  暗転  雨の中に停まっている車。運転席には米屋姿のひうら、後部座席には大きすぎる 米袋。激しく手招きするひうら。その先からなつちが走り込んで来て、助手席に乗る。 走り出す黄色い軽自動車。 なつち ハー、ハー…ふ、ふふ…ハー、ハー…ふふふふ… ひうら なっちゃん!また手袋してない! なつち どうしてもいつのまにか脱いじゃうんだよう。 ひうら いつから? なつち 分かんない。 ひうら 戻る? なつち えっ、どうしよう。 ひうら 戻るっ? なつち あ、待って。こないだは確か、フードに…(フードを探る)あったあ! ひうら よかったあ。学習したねなっちゃん! なつち うん!  後部座席の米袋の内側からはさみが突き出し、袋の口をちょきちょきと切ってい く。岬である。 岬 こんどはどこに連れてくの…? ひうら ......。 なつち ......。 岬 ねえってば。 なつち 岬ちゃん! ひうら どうしてー!? 岬 そんなのこっちがききたいよ。 ひうら だって、シャングリラ高坂はあんたのお向かいのブースだっていうから… 岬 こないだ位置替えがあったの!シャングリラさんと僕は交換。 なつち そんなあ! 岬 ちゃんと調べなよ。バカ!! ひ・な バカじゃないもん!! 終わり